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第62話 君のためにある

夜が明ける頃、美月の体温はようやく安定し、熱もぶり返さなくなった。司はそれを確認して、ようやくほんの少しだけ目を閉じて休んだ。


朝になると、美月が先に目を覚ました。目を開けると、周囲が少し暗いように感じ、しばらくして自分の顔が誰かの胸元に埋まっていることに気付いた。体全体でその人にしがみつき、脚まで絡まっていた。


この馴染み深い香りですぐに司だと分かった。


一瞬で美月は完全に目が覚めた。


昨夜は熱で朦朧としていて、「暑い」と何度か口にしたことしか覚えていない。他のことはまったく思い出せない。なのに、なぜこんなに彼と密着しているのか?しかもこんなにしっかり抱きついて…。熱でおかしくなって、彼に何か変なことでもしたのだろうか。


自分のパジャマはきちんと着ているけれど、司のシャツのボタンはほとんど外れていて、自分の手が彼の腹筋の上に乗っていた。


慌てて美月は手を引っ込めた。


その動きで、うたた寝していた司も目を覚まし、目が合った。


「目が覚めた?」寝起きの低い声で尋ねた。「どこか具合悪いところは?」


「ううん……」


大きく動くのも気まずくて、美月はまだ脚を彼に絡めたままだった。ちょっと動いただけで、二人の距離の近さを改めて感じてしまう。


「えっと……昨日はずっと看病してくれてたの?」


「覚えてない?」司は彼女の髪を優しく撫でた。


美月は必死に思い出そうとしたが、熱のせいで記憶が曖昧なままだった。失礼なことをしていないか不安で、「熱がひどすぎて、頭がぼんやりしてて……」と小さな声で答えた。


「大丈夫。」司はもう一度彼女の額に手を当て、「もう熱は下がったみたいだ。」


「うん、すごく楽になった。」


「なのに、なんでまだ顔が赤いんだろう?」


脚を引こうとした美月の動きが止まった。司もすぐに気づいて、さっとベッドから離れた。「医者を呼んでくる。」


彼が急ぎ足で部屋を出て行くのを見て、美月はほっと息をついた。ゆっくりと起き上がり、昨日の記憶をたどろうとした。九条家の屋敷で落水した後のことは断片的にしか覚えていない。突然の水への恐怖が昔のトラウマを呼び起こし、高熱が引かなかったのだろう。


ここ数年で徐々に水への恐怖を克服してきたので、プールで短時間泳ぐこともできるようになっていた。昨日のパニックは、不意を突かれたからだ。


瑠奈の冷たい顔が脳裏に浮かび、美月の表情は徐々に険しくなった。


もし瑠奈が大人しくしていれば、存在ごと無視できたかもしれない。でも、あえて挑発してくるなら、容赦しないと心に決めた。


あの時、警察に通報した時の証拠は十分あった。瑠奈に指示された不良も認めていたし、瑠奈にいじめられた生徒も証言してくれた。瑠奈はもう歳で、責任を問える年齢だった。


だが、結局佐藤家が多額の金を使い、彼女以外の全員が証言を翻した。叔父の家も商売のために佐藤家から金を受け取り、和解に達した、事件はうやむやのまま、瑠奈が海外に行ったことで徐々に忘れられていった。


当時は悔しかったが、反抗する力がなかった。でも今は違う。瑠奈がまた関わってきた以上、もう絶対に許すつもりはない。


医者の診察の結果、もう数日入院が必要だと言われた。司が朝食を用意させ、ベッドのテーブルまで持ってきてくれた。


「ベッドじゃなくても食べられるよ。足は怪我してないし。」


「ここで食べて。」司は彼女の肩を押さえて言った。「医者から安静にするよう言われてる。無理しないで。」


「分かった。でも、君も一緒に食べて。」朝食は種類が多すぎてテーブルに乗り切らず、隣のテーブルにもまだ残っている。一人ではとても食べきれなさそうだ。


「うん。」司は頷き、「君の向かいに座るよ。」


美月は食べるのが早く、司が観察していると、噛むのも飲み込むのもまるで反射のように速かった。


「もう少しゆっくり噛んで。」司が優しく注意した。「早食いは歯にも胃にもよくないから。」


「う、うん。」美月は気まずそうに顎に手を当てたが、数口ゆっくりにした後、また無意識にペースが上がった。司はもう一度声をかけた。


司は、悠から美月が早食いになった理由を聞いていた。これから一緒に食事をする機会も多いだろうから、少しずつ直していけばいい。無理に昔のことを話させるつもりはなかった。彼女の傷を抉りたくなかったから。


だが、美月の方から口を開いた。「昨日、瑠奈が私をプールに突き落としたこと、知ってる?」


「知ってる。誰かが現場を撮影していた。」


美月の目が輝いた。「そんなすごい人がいるの?お礼を言わなきゃ!」


司は微笑んだ。「もう、俺が君の代わりにお礼を伝えておいたよ。」


「そうなんだ。」美月は少し間を置き、沈んだ声で言った。「瑠奈は学校の時から私をいじめてた。帰国してもまた同じことをするつもりみたい。今度は絶対に許さない。」


司が尋ねた。「どんなふうにいじめられてたの?」


美月は、あまり深刻でないエピソードだけを話した。昨日車の中で話したような、辛い詳細までは語らなかった。


司は理解した。美月はまだ完全には心を開いてはいない。でも、過去について自分から話し始めてくれたのなら、それは信頼の証だ。


「どうしたい?」


「瑠奈を訴えたい。司の会社の弁護士チームにお願いできるかな?」


「もちろん。九条グループの法務チームは君のためにある。」


「ありがとう。」


司は少し間を置き、真剣な眼差しで言った。「これからは、何があっても俺を頼って。怖がらなくていい。俺が君を守るから。」


美月は彼の誠実な目を見つめ、しばらく黙った後、しっかりと頷いた。


食事の途中、司は仕事の電話を二本受けた。美月は彼が忙しいことを察し、「ここにずっといなくても大丈夫だよ。私は動けるし、心配なら看護師さんを呼んでくれればいいから」と言った。


でも司は譲らない。「ここで仕事する。」


特別個室には応接や休憩スペース、キッチンも揃っていて、小さなアパートのようだ。司は拓海にパソコンを持ってきてもらい、外の部屋で仕事を始めた。


美月はベッドで退屈し、しばらくアニメを見てみたが、すぐに飽きてしまった。司がリモート会議に入っている隙を見計らい、こっそり病室を抜け出して気分転換しようと廊下へ。


だが、ちょうどフロアのエレベーター前で、思いがけず二人の知り合いと鉢合わせてしまった。

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