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第63話 どうぞお幸せに

誠司は手に数枚の診断書を持ち、うつむきながら歩いていた。その後ろを、清夏が嬉しそうについてきた。「誠司、本当に妊娠したんだよ。お医者さんもはっきり言ってくれたし、間違いないよね?」


彼女は満面の笑みを浮かべていたが、誠司の表情は硬いままだ。何度も検査結果の紙を見返し、まるで他に何か書かれていないか探すようだった。「どうして妊娠なんか……。ちゃんと避妊してたはずなのに。」


清夏は少し頬を赤らめて、「百パーセントなんてあり得ないでしょ?私たちのこと、あなたが一番わかってるじゃない」と小声で返した。


誠司は診断書を折りたたみ、うんざりしたように言った。「医者は切迫流産の症状があるって言ってたし、どれくらい入院するかもわからない。後で看護師を頼んでおくから。」


「うん、大丈夫。用事があるなら行っていいよ、私は平気だから。」清夏は素直にうなずいた。


本当はもっと一緒にいてほしかったが、無理は言えなかった——病院まで付き添ってもらうのも、何度も頼み込んでやっとだったのだ。


数日前、体調が悪いと無理に海外旅行の予定を延ばしてもらった結果、まさかの妊娠が発覚した。


誠司がそれを知ったとき、最初に浮かんだのは中絶させることだった。しかし医者には、体が弱いから中絶は将来にも影響すると言われ、しかも今回は妊娠自体も安定していないので、しばらく入院して様子を見るように勧められた。


今、誠司の頭の中は混乱していた。家族には絶対知られてはいけない、一日でも長く隠さなければ。最悪、清夏と生まれてくる子を外でこっそり養うしかない——。


二人が病室に向かう途中、不意に誠司が横を向くと、ちょうど美月と目が合った。彼女はその場に立っていて、どうやら話の途中から聞いていたようだった。


誠司は動揺した。今まで隠そうとしていたことが、こんな形で美月に知られるとは。なぜだかわからないが、家族に知られるよりも彼女に知られる方が嫌だった。思わず、子どものことを説明しそうになってしまった。


——そうだ、美月はもう自分の婚約者じゃない。


その現実に気づき、誠司は苛立ちを隠せず、歩み寄って問い詰めた。「なんでここにいるんだ?俺たちの会話、盗み聞きしてたのか?」


清夏もすぐに誠司のそばに寄り添い、わざとらしく彼の腕に手を置いた。二人の間に何があろうと、美月の前では絶対に負けたくなかった。


「そうよ、どうして聞いてたの?私が妊娠したって知りたかったの?」清夏は、まるで全世界に自分が誠司の子どもを妊娠したことを自慢したいかのようだった。


その言葉に、誠司は鋭く睨みつけた——せっかく隠そうとしていたのに、なんでこんなにはっきり言うんだ。


美月は二人を見て、淡々と口を開いた。「おめでとう。盗み聞きするつもりはなかったけど、通りかかったら聞こえただけよ。」


誠司は苛立ってネクタイを引き、「美月、本当に図々しいな。人の話を盗み聞きするなんて!」


「ここは共有スペースよ。それに、あなたたちの様子じゃ、隠す気なんてないんじゃない?自慢したいくらいでしょ?」美月は冷ややかに返した。


誠司はさらに声を荒げた。「言い訳ばっかりだな!」


「さっき妊娠のことを言ったのは清夏でしょ。私が聞いてたかどうかなんて関係ないじゃない。」美月は冷笑した。


誠司は清夏を睨みつけて、声を潜めて言った。「誰にも言うなって言ったはずだろ。」


清夏は口をとがらせて、「私が言わなくても、美月ならどうせ理由を探るでしょ?あなたもわかってるでしょ。」


二人とも、美月はまだ誠司を諦めきれていないと思っていた。今日もこっそり様子をうかがっていたのは、未練があるからだと。


その言葉で、誠司の機嫌は少し和らいだ。さっきまで清夏が邪魔だと思っていたが、今は彼女が腕にしがみついているのをそのままにした——自分が清夏と親密にすればするほど、美月は傷つくはずだ。


「そうだ、清夏は俺の子を妊娠した。これは俺たちの愛の証だ。」誠司は少し顎を上げて、わざとらしく自慢げに言った。美月の表情に動揺が現れるのを期待していたが、彼女はどこまでも平然としていた。


「それはおめでとう。結婚式も近いのね。私には招待状なんていらないから。」美月は軽い口調で言った。


誠司は一瞬戸惑った——まさか嫉妬もしないで、本気で祝福するなんて。いや、きっと強がっているだけで、招待されたくないのは未練があるからだろう。


彼はさらに畳みかけた。「すぐに結婚するからな。俺が清夏と一緒になったら、もうお前にチャンスなんてないぞ。」もし美月が少しでも悲しそうな顔をすれば、すぐに「本当は清夏と結婚する気はない」と言うつもりだった。


だが、美月は微動だにせず、「どうぞお幸せに、末永く添い遂げてくださいね。結婚したら絶対に離婚しないように、一生一緒にいなきゃだめよ」と静かに言った。


その言葉を聞いた瞬間、誠司の顔はみるみる険しくなった——本来なら二人が一番欲しかった祝福のはずなのに、今聞くと妙に刺さる。


美月は誠司の不機嫌な様子を見て、さらに続けた。「まさか本当に招待状を送って、ご祝儀をせびるつもりじゃないでしょうね?」


誠司は悔しそうに歯を食いしばった。ふと美月の病衣が目に入り、急に攻撃する材料を見つけた。「一人で入院してるのか?」


清夏がすかさず続けた。「一人で入院なんてかわいそう。頼れる人もいないなんて、寂しいよね。」


誠司も同調した。「ほら、俺と別れてから、入院しても誰も付き添ってくれないんだろ?本当に惨めなもんだな。」


美月は呆れたように二人を見て、「まるであなたが昔、私に付き添ってくれたみたいな言い方ね」と言い、わざと間を置いた。


「だからあなたがいてもいなくても何も変わらない。それがあなたの価値ってことよ。」

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