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第65話 やめてちょうだい

その夜、誠司はニュースに取り上げられた。


霧島グループの御曹司が私生活で問題を起こし、愛人を未婚のまま妊娠させたうえ責任も取らない――そんな内容が暴露され、「道徳心に欠ける」と名指しで非難されたのだ。


実際、霧島グループの支配権は一族の年長者にあるが、誠司は社長であり、次期当主として注目を集めている。そのため、このスキャンダルが霧島グループに対する不信感を引き起こすことになった。


ニュースが出るや否や、各メディアが一斉に報じ、ネット上では『モラルのない男』と誠司を非難する声が溢れた。


誠司がこのニュースを知ったのは、接待の席だった。火消しを図ったものの、すでに話は広まっており、明らかに誰かが裏で仕掛けている様子だった。


誠司は客を放り出し、酒の匂いをまとったまま病院へと急いだ。


この件は、ほぼ間違いなく清夏の仕業だろう。世間の目を利用して、自分に結婚を迫るつもりに違いない。


清夏は病室で一人休んでいた。誠司は勢いよくドアを蹴り開け、目を赤くして問い詰めた。


「ニュースの件、お前が流したのか?」


誠司のただならぬ雰囲気に、清夏は肩をすくめ、何も知らないふりをした。


「誠司、何の話?どんなニュース?」


そのとぼけた表情に、誠司も自信が揺らいだ。


「経済ニュースで、俺が酷い男だって叩かれてるやつだ。」


「私、ふだん経済ニュースなんて見ないよ。」


清夏はスマホを手に取り、何かを確認したふりをして「えっ、何これ?まさか、あなたが流したの?」と驚いた様子で言った。


「違う。」誠司は少し冷静さを取り戻す。「俺はてっきりお前かと…」


「そんなわけないでしょ。」


清夏はスマホを置き、ベッドに座らせた。


「あなたが内緒にしようって言ったのに、私が勝手に話すわけないじゃない。友達もいないし、口が滑ることもないわ。」


そして話を誘導する。


「じゃあ、誰がやったんだろう?もしかして病院が漏らしたとか?」


「ありえない。今日の担当医は俺を知らなかったし、病院も患者の情報を漏らすなんてことできない。」


「じゃあ、誰なの?明らかに私たちを困らせたい、会社まで潰そうとしてる。」


清夏は自分への疑いが晴れたのを見て、さらに煽った。


「誠司、誰がそこまで私たちを恨んでると思う?」


誠司は答えに詰まった。そんな中、清夏が水を差し出しながら「あ、そうだ。今日、美月さんに会ったよ。私が妊娠してること、彼女知ってるの」と思い出したように言った。


誠司ははっとした。まさか彼女なのか?今までの美月の性格からして、そんな陰湿なことをするとは思えない。だが、知ったのは彼女だけだ。


清夏はここぞとばかりに続けた。


「美月、司と結婚したけど、司が心から彼女を愛してるようには見えない。今日あなたのことをかばったのも、九条家の奥さんだからでしょ?」


「九条家でうまくいってないんじゃない?きっと、誠司と別れたことを後悔してて、腹いせにこんな手を使ったのよ。」


誠司は水を飲み干し、急に立ち上がった。


「彼女に直接聞いてくる!」


そう言うや否や、病室を飛び出していった――美月のいる特別ルームはすぐ上の階だ。今すぐ真相を確かめないと気が済まなかった。


誠司が出ていった後、清夏はようやく息をついた。誠司が自分を疑うだろうことは想定内。今日美月に会ったのは、まさに好都合だった。


清夏はドアを見つめ、スマホを取り出してメッセージを送った。


【引き続きメディアに情報を流して。誠司の元恋人が嫉妬で彼を陥れようとしている、誠司と私は愛し合っていて、子供は正当なものだって伝えて。】


彼女は経済ニュースだけでなく、芸能関係のインフルエンサーにも連絡を取っていた。こうしたアカウントなら、世論を一気に誘導できる。どうしても、誠司が堂々と自分と結婚するように仕向けるしかない――それが世間の口を封じる唯一の手だ。


……


上階の特別ルームの前で、誠司は看護師に止められた。


「特別ルームは、事前にご本人かご家族に連絡し、許可を得た方のみご案内しています。もう遅いので、明日にされたほうが…」


ドアを蹴りたくなるほど誠司は焦っていたが、入り口で足止めされ、怒りも冷めてきた。美月に電話をかけようとしたが、すでに着信拒否されていることを思い出した。


看護師は彼の様子を見て、


「患者さんはもう休んでいるかもしれませんし、明日ご連絡してからいらしては?」と声をかけた。


「急ぎの用なんだ、中で伝えてくれないか。」


「直接お電話されたほうが…」


「スマホのバッテリーが切れて、かけられない。」


誠司はとっさに嘘をついた。


騒がれるのを恐れた看護師は、仕方なく中に確認に行った。しばらくして戻ってきて、


「ご家族の方から、夜はお会いできないと。お知り合いでもないそうです。今日はお引き取りください」と告げた。


誠司は思わず携帯を投げつけそうになった。怒りを抑えつつ、広報の進展を確認しようとスマホを開くと、新たな記事が目に飛び込んできた――今度は、全てが元恋人の仕返しだとする内容だった。


「美月……!」


歯ぎしりしながらつぶやく。


「陰険な真似を覚えたのか。今日こそは絶対に問い詰めてやる!」


すぐに母親に電話をかけ、美月に圧力をかけてもらおうとした。しかし、電話がつながるや否や、母親から叱責され、途中で父親に代わった。


父親には五分以上も怒鳴られ、ようやく口を挟む。


「父さん、母さん、美月が俺に復讐してる!わざと情報を流して俺の名誉を傷つけてるんだ。今、美月の病室の前にいるけど、会おうとしない!」


「母さん、美月に電話してくれよ。出てきて説明させて!」


美月は母親とは親しかったから、きっと電話に出るだろうと踏んだのだ。


母親は半信半疑ながらも、二人に急かされて美月に電話をかけた。


「美月、あなたが怒っているのは分かるけど、こんな形で誠司を困らせるのはやめてちょうだい…」

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