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第66話 少しは頭を使え

美月は病室のソファでテレビを見ていた。さっき看護師が来て、「誠司という方が面会を希望しています」と伝えたが、即座に断った。そのすぐ後に、美和から電話がかかってきた。


相手の話を聞いて、ようやく何が起きているのか分かった。


「おばあさん、私には関係ありませんよ。今は誠司の顔を見るのも嫌なくらいです。たぶん清夏が、こういう騒ぎを使って結婚を迫っているんじゃないですか?一度、彼女に確認してみてください。」


美和はさらに問い詰めてきた。「誠司は違うって言ってるわ。今日、病院で彼女に会った?本当に妊娠しているの?」


「はい、医師によると、安静に入院が必要だそうです。」


電話の向こうで、美和が荒くなったのが分かった。美月は異変に気づき、慌てて声をかけた。


「おばあさん、あまり無理なさらないでください。お体を大事に。」


「ええ……」美和はまだ納得していない様子で続けた。「美月、本当に関わっていない?これがうまく収まらなかったら、会社の株価が大変なことになるのよ。」


美月の表情が曇った。まさか、おばあさんまで自分を疑うなんて。


「本当に違います、私……」


言いかけたところで、隣にいた司が携帯を取り上げた。


「もしもし、司です。今日、妻はずっと私と一緒にいました。メディアに何か働きかける余裕なんてありません。体調も優れませんので、これで失礼します。」


美和が何か返す前に、司はきっぱりと電話を切った。


「怒ってる?」美月が彼を見上げる。


「いや。」司は携帯を返しながら答えた。「ただ、何の根拠もなく君を疑うのが腹立たしいだけだ。」


「私も腹立つよ。」美月はニュースを開いて、「誠司の元カノが嫉妬で事件を仕組んだ」との噂記事を見て、思わず苦笑した。「よくもまあ、こんな話を捏造できるよね。自分たちが起こした騒ぎを私のせいにするなんて、どういう神経してるんだか。」


いくつかのコメントをスクロールしながら、ますます憤りが募った。


「今やみんな元カノを悪者扱いにしてるけど、それって私を叩いてるってことじゃん。別れたのに、まだこんな厄介な目に遭うなんて、ついてないにもほどがある。」


名前こそ出されていないが、東京で自分を知っている人は多い。友人たちが見たら、きっと心配するだろう。こんな濡れ衣は、絶対に着たくなかった。


美月は足を組み直し、コメント欄に反論を書き始めた。


【いい加減にして!元カノなんてもう関係ないし、こんなことで復縁迫るわけないでしょ?】


【何かあれば女を叩くの?誠司本人の責任は?】


だが、いくら投稿しても全く反応がなかった。誠司は有名人というほどでもないのに、この盛り上がり方は異常だった。さらにコメントしようとしたところで、司がスマホをさっと取り上げた。


「体調悪いのに、そこまで気にするな。こういうのは俺が何とかする。スマホは預かるから、テレビに集中して。」


「え〜!」美月はスマホを奪われるのを見て、仕方なくため息をついた——司がいるなら、広報対応は任せておけばいい、余計な心配はやめよう。


美月が落ち着いてテレビを見ている間に、司はすぐに動いた。わずか30分も経たないうちに、ネット上の「誠司の元カノ」関連の情報はすっかり消された。


その頃、拓海から電話が入った。


「司、対応は済んだ。美月のことはもう誰も話題にしないが、今後はどうする?」


「誠司と清夏がもうすぐ結婚する、という情報を流しておけ。これでさすがに誠司も引き延ばせないだろう。」


誠司が美月にしつこくまとわりつくのを断ち切るには、早く清夏と結婚させるのが一番だ。そこだけは、司と清夏の利害が一致していた。


指示を終え、司は特別ルームの前へ。誠司はまだ廊下の椅子で電話をしていたが、司の姿を見てすぐ立ち上がった。


「美月は?俺に会いたくないから逃げてるのか?」


司は彼の前まで歩み寄り、目を細めて冷たい声で言った。


「これが最後の警告だ。俺の妻に近づくな。」


誠司は顔を真っ赤にして叫んだ。「裏で手を回してるのは美月だろ!本人は隠れて、お前に盾にならせてるのか?」


「裏で手を回す?」司はネクタイを緩め、誠司の胸ぐらをつかんだ。「本当にそう思ってるのか?じゃあ、ここで黙ってるわけにはいかないな。」


「これ以上しつこくしたら、次は警告じゃ済まない。」


一言ごとに、司の手の力が強まった。誠司が苦しそうに息をつまらせるまで締め上げ、最後はゴミでも捨てるように手を離した。


咳き込みながら胸を押さえる誠司を、司は冷ややかに見下ろす。その軽蔑の目はまるで道化を見るようだった。


「少しは頭を使え。この騒ぎで一番得をするのは誰か、考えてみろ。」


誠司が呆然とするのを確認すると、司は看護師に声をかけた。


「廊下で騒いでいる迷惑な人がいます。患者の安静のために、警備員を呼んでください。」


「誰が迷惑な奴だって!」誠司は食ってかかろうとしたが、看護師に止められた。


「静かにしてください。他の方のご迷惑です!」


看護師の目は、まるでトラブルメーカーを見るようだった。


誠司は怒りで近くのゴミ箱を蹴飛ばした。「ふざけるな!」


「これ以上騒ぐなら、警備員を呼びます。」と看護師が冷静に言った。


誠司も仕方なく、悔しさをこらえてその場を離れた。司の言葉が頭に残り、もう一度清夏に会いに行くことにした。


病室に入ると、誠司が口を開くより早く、清夏は目に涙をためて訴えた。


「誠司、そんなふうに私を疑うの?あなたの子をお腹に宿してるのに、どうしてあなたを陥れるなんてことできると思うの?そんなに疑うなら、いっそ死んだほうがマシ……」


彼女は誠司の胸にすがりつき、泣き崩れた。誠司は慌ててなだめる。


「疑ってないよ、泣かないでくれ。」


「じゃあ、これからどうするの?」清夏が顔を上げて尋ねる。


一番いい方法は、交際を認めて早く結婚することだ。しかし、誠司の心に決めていた妻はずっと美月だった。清夏のことは好きでも、結婚となると話は別だった。


迷っていると、父親から電話がかかってきた。その声は冷たく、決断を突きつける。


「今すぐ清夏と結婚しろ!これ以上トラブルを起こして株価を下げたら、社長の座なんて渡さないぞ。」


「お前だけが息子だと思うなよ。」

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