吉田が盗作したのは、海外のとてもマイナーなブランドだった。
そのブランドは年間売上もごくわずかで、デザイナーもほとんど無名だった。裕福な家庭の遊び半分のプロジェクトのような印象さえあった。あまりにも知名度が低く、業界でもほとんど知られていなかった。
だが、美月は大学時代に恩師からそのブランドの話を聞いたことがあった。興味を持って調べてみると、そのデザインにすっかり魅了され、密かにフォローし続けていた。それだけに、吉田のデザインが、そのブランドの公式サイトに掲載されていた作品と寸分違わぬそっくりそのままだと気づいてしまったのだった。
美月は眉をひそめながら吉田を見つめた。ブランドがどれほどマイナーでも、ファンはいる。バレるのは時間の問題だ。
美月からの視線に気づいた吉田は、ますます得意げな顔になった。
「そんなに見つめても、あなたのデザインじゃないでしょ?」と指で机をトントン叩きながら、軽い調子で続けた。「そんなに羨ましいなら、家に帰って泣いたら?」
「これから私たちはもう違うレベルになるのよ。来月のジュエリーコンテスト、カラフルの枠は一つだけ。選ばれるのは私しかいない。」
「ネットの評判、聞きたい?」
吉田の得意満面な態度に、美月はゆっくりと首を振った。
「よくそんな大胆なことができるね」と美月は声をひそめて言った。
「何?」と吉田は怪訝な顔。「悔しすぎておかしくなった?」
「自分だけならまだしも、カラフルまで巻き込むつもり?」と美月は鋭く言い放った。
吉田の顔色が一瞬曇り、動揺を隠しきれない様子を見せたものの、すぐに強がってみせた。
美月が知っているはずがない。あんなにマイナーな海外ブランド、世界中で知っている人なんてほとんどいないはずだ。
「巻き込む?」と吉田は鼻で笑った。
「ネットでは私が褒められて、カラフルの評価も上がってるって気づいてる?前回、星野さんがあなたのネックレスを着けて馬鹿にされたのに、今度は私のジュエリーで絶賛されてる。カラフルの名誉回復は私のおかげでしょ。嵐さんも感謝してほしいくらい。」
ネットの評判は美月も見ていた。前回、星野夏はカラフルのジュエリーを着けて「安っぽい」と叩かれたが、今回もめげずにカラフルと組み、映画祭で注目を集めた。その「失敗から這い上がる」姿勢が一般の好感度を上げ、ファンもカラフルの評価を守ろうと必死だった。
だが、称賛が高まれば高まるほど、もし不正が発覚した時の反動は計り知れない。
美月は重い口調で言った。「吉田、あなたがそのデザインをどうやって手に入れたか、自分が一番わかってるでしょ。星野さんみたいな有名人まで巻き込んで、よく平気でいられるね。」
その時、近くにいた同僚がスマホを掲げて叫んだ。
「見て!星野さんが着けてたジュエリーが偽物だって暴露されてる!」
オフィスが一瞬で静まり返り、皆が慌ててSNSをチェックし始めた。
「サブアカウントが暴露したみたいで、リツイートがもうすぐ一万超える!すぐトレンド入りだ!」
「星野さんのジュエリーが偽物?途中ですり替わったの?」
吉田は顔面蒼白となり、ふらふらと自席に戻ってスマホを掴んだ。見るほどに顔色が悪くなっていった。
「今度は偽物じゃなくてデザインが酷似してるって書かれてる!」
「画像まで出てる……そっくりどころか完全に同じじゃん!しかもあっちは去年からあるらしい……」
皆の視線が一斉に吉田に向けられた。吉田は右手で机を必死に支えて、なんとか立っている状態だった。顔は真っ青だ。
オフィスは静まり返り、ささやき声だけが響く。
「どうなってるの?」
「本当に盗作?」
「見た目が同じじゃない……しかも元の方が高級感あるな……」
混乱の中、嵐がスマホを手に、怒りをあらわにオフィスを飛び出してきた。
「星野さんのマネージャーから、国際電話で10分も怒鳴られた!吉田、はっきり説明しなさい!」声は震えていた。
吉田は呆然とし、唇を震わせて何も言えなかった。
嵐はスマホを乱暴に床に叩きつけた。
「星野さんは今日が逆転のチャンスだったのに!なのに、偽物扱いされてネット中で叩かれてる!マネージャーも怒り心頭よ!」
「アンチは大喜びで炎上中よ!これからどうするつもりなの?」
何千キロも離れた場所で、星野夏のマネージャーは今にも怒りで爆発しそうだった。星野夏自身も、これ以上はとても平常心で活動を続けられない。
その時、小さな声がした。「星野さん……SNS更新してる……」
みんなが一斉にスマホを見下ろした。嵐は隣の社員のスマホをひったくる。
画面には、星野夏の最新投稿。
事件について何も知らなかったこと、期待していたオーダーメイドのジュエリーで裏切られたショックが綴られている。責任はすべてカラフルにあると明言し、デザイン画とやりとりの記録も添付されていた。
投稿直後、ファンの怒りは一気にデザイナーへと向かった。
吉田のスマホは鳴り止まず、罵倒や非難のメッセージが一気に何千件も押し寄せた。慌てて通知をオフにする吉田。
「嵐さん、私……」と吉田が言いかけた。
「言い訳はやめて!」嵐が厳しく遮った。「ネットで言われてる盗作、事実なの?濡れ衣なのか、はっきり答えなさい!」
吉田は唇をきつく噛み、蚊の鳴くような声で「……違わないです」と答えた。
嵐は目の前が真っ暗になったようによろめき、机に手をついてやっと立っていた。
「あなた……どうしてそんなことを……!」
もはや言い逃れはできなかった。
「盗作したのは認めます……でも、仕方なかったんです!」涙声で叫ぶ吉田。「星野さんが何度出しても納得してくれなくて!満足するデザインが出せなきゃ、カラフルは違約金で大損害なんです!」
少し間をおいて、吉田は突然美月を鋭い目でにらみつけた。
「誰にもバレないような、公式サイトの閲覧数すらひと桁のブランドを選んだのに!絶対見つからないはずだった!」
「でも美月は知ってた!最初から気づいてたくせに、わざと黙ってて、今になって私を陥れようとしてるんだ!」
「復讐のつもり?カラフルを潰したいの?本当の黒幕は美月よ!」
吉田はスマホを突き出した。画面には暴露したアカウントのプロフィール。
「見て!最初に暴露したのは東京のアドレス!絶対、美月がやったんだ!」
その瞬間、全員の視線が美月に向けられた。
吉田の指が美月の顔のすぐ近くまで突きつけられた。
「嵐さん!彼女のスマホを調べて!アカウントも全部確認して!あのサブアカは絶対に美月のものよ!」
突然疑いの目を向けられた美月は、呆然とした表情で「……は?」とつぶやいた。