映画祭のレッドカーペットでは、いつも大物が最後に登場する。トップ女優である早乙女薇薇は、星野夏よりも約30分遅れて現れたが、金色のロングドレスとフルオーダーのジュエリーで圧倒的な存在感を放ち、関連ワードが即座にトレンド入りした。それまで星野夏が巻き起こしていた話題も、一瞬でかき消されてしまった。
星野夏のチームと同様に、早乙女薇薇の事務所もまずは協力先のまとめをSNSにアップした。その直後、早乙女薇薇本人のアカウントが突然更新され――単独で美月をタグ付けし、個室で撮ったツーショット写真が投稿された。
それは先日の食事会で撮ったもので、二人がカメラに向かってピースをしていた。早乙女薇薇は堂々とした雰囲気、美月は清楚な顔立ちで、キャプションには「私のジュエリーを作ってくれた天才デザイナー、美月」と書かれていた。
写真の中で美月の顔は早乙女薇薇よりもひと回り小さく、洗練された美しさは素人離れしていて、まるで新人女優のようだった。この投稿は1分もしないうちにコメントが1万件を突破した。
「今日の薇薇さん、息を呑む美しさ!美月さんとのツーショット可愛すぎる!」
「隣の女性は誰?このままデビューできそう!」
「ジュエリーデザイナーさんなんだ!薇薇さんのアクセ、本当に素敵だった!」
「美しさも才能も両方あるなんて、今すぐフォローします!」
「二人とも最高!もっとコラボしてほしい!」
美月はコメント欄を眺めながら、画面いっぱいの称賛に驚いていた。彼女のSNSアカウントは大学時代に作ったもので、昔はデザイン画を投稿していたが、忙しくなってからは放置していた。ログインすらパスワードを2回試してやっとできたほどだった。
久々にログインした途端、通知が鳴り止まず、フォロワー数は一気に1万人以上増えた。
「このデザイン、すごすぎる!まさに隠れた才能発見!」
「見た目も実力も完璧、某人気者より全然いい!」
「薇薇さんの目利きは間違いない。このデザイン、大手ブランドより個性がある!」
「今まで知らなかったけど、即ファンになりました!」
カラフルのオフィスでは、全員が呆然と画面を見つめていた。嵐はしばらくしてやっと声を出し、美月の手を掴んで聞いた。「まさか、君が言ってた特注のクライアントって早乙女薇薇だったの?」
「うん。」美月はうなずいた。
「こんな大事なこと、なんでもっと早く言わないの?」嵐は驚きと喜びが入り混じった様子だった――カラフルはちょうど盗作疑惑でバッシングを受けていたが、美月がトップタレントに公に推されたことで、イメージを一気に回復できるかもしれない。
「聞かれなかったから。」美月は淡々と答えた。
「すぐにSNSでカラフルのデザイナーですって投稿しなさい!このチャンスを使って名誉挽回しないと!」
「投稿しない。」美月はきっぱり断った。
「じゃあアカウント名をカラフルのデザイナー美月に変えるのはどう?」
「それもしない。」
横で見ていた吉田は、悔しさで指先に力が入りすぎて爪が食い込んでいた。自分は盗作騒動でネット中から叩かれているのに、美月は早乙女薇薇に公然と支持されている。その差はまるで自分の顔にビンタを食らったようなものだった。
吉田は我慢できずに皮肉を言った。「嵐さん、会社の規則で副業は禁止ですよね?美月のこれは規則違反じゃない?」
今まさに困っていた嵐は、吉田を睨みつけて「黙りなさい!まずは自分の盗作問題をどうにかしなさい!」と言い返した。吉田は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
嵐は再び美月に向き直り、必死に頼み込んだ。「美月、お願いだよ。カラフルが潰れたら、みんな失業しちゃうんだ。」
美月は吉田を一瞥し、「彼女が起こした問題を、なぜ私が責任を取らないといけないの?私がSNSで投稿したところで、盗作が帳消しになるの?」と言い放った。
嵐は言い返せず、ふと思い出したように言った。「来月の国際デザインコンテスト、カラフルの出場枠を君にあげる。社内選考もなしでいいよ、これでどう?」
このコンテストは2年に一度で、業界でも非常に有名なものだった。カラフルのような小さな会社には毎年一つだけ出場枠が与えられる。
一昨年は先輩が19位に入賞し、その後すぐ大手に引き抜かれて年収が10倍になった。実力から言えば、今年の出場者は本来美月のはずだったが、嵐はこれを交渉材料にしようとしていた。
だが美月は取り合わなかった。「選考があったとしても、出場枠は私のもの。吉田が出る方が無駄よ。」
「なんでそんなに頑固なの!」嵐は机を叩いて声を荒げた。
美月はスマホを机に置き、「私は同僚の失敗の尻拭いは絶対にしません」と言い切った。
「誰が失敗したって言うの!」吉田はカッとなって立ち上がり、「あなたがわざとリークしたせいで、私が叩かれてるのよ!今さら正義ぶっちゃって!」
「もうやめて!」嵐が厳しい声で止め、「吉田、会議室に行ってなさい!」と命じた。
吉田が出て行くと、嵐は総務に向かって「会社の公式アカウントで早乙女薇薇の投稿をリツイートして、美月がカラフル所属だってアピールして!」と指示した。
総務の同僚は慌ててアカウントを探すが、ずっと使っていなかったためログインに10分もかかってしまった。やっとリツイートできたものの、コメントはほとんど付かなかった。
「このデザイナーさん、カラフルの人だったんだ」
「盗作は個人の問題でしょ?会社のせいじゃないよね」
「会社はちゃんとデザイナーを管理してほしい」
嵐はその数少ないコメントを見て、ほっとしたのも束の間、早乙女薇薇がまた新しい投稿をした――「美月さんとのコラボ、本当に楽しかった♪彼女は個人的にジュエリーを作ってくれた友人で、会社とは関係ありませんよ~」
その投稿は嵐の期待を一瞬で打ち砕いた。嵐は画面をじっと見つめ、顔色がどんどん青ざめていった。そのとき、机の上のスマホが鳴った。星野夏のマネージャーからの電話だった。
電話を終え、嵐は机に手をつきながら座り込み、震える声で言った。「星野夏側から……二億円の賠償請求が来てるって……」