目次
ブックマーク
応援する
156
コメント
シェア
通報

第71話 前だけを見て進めばいい

嵐は必死になって交渉し、星野夏が要求した2億円の賠償金をなんとか8千万円まで下げることに成功した。この案件は結局、利益どころか8千万円もの損失を出す羽目になり、その日のうちに体調を崩して寝込んでしまった。


後になって、吉田が自分で4,800万円を負担したと聞き、カラフルをクビにならず、業界からも追放されずに済んだのだと知った。吉田の家は成金とはいえ、一度に4,800万円も用意するのは簡単なことではなかった。


ここ数日、カラフル社内は大混乱で、吉田もすっかり元気をなくし、美月に絡む余裕もなかった。


一方、美月は早乙女薇薇が公に応援してくれたおかげでネット上で注目を集め、ファンも日に日に増えていた。それもあって吉田はますます美月を簡単にはいじれなくなった。何か言い返せば、美月が得意げに自慢してきそうな気がしてならなかった。


だが実際、美月は吉田のことなど気にする余裕もなかった。瑠奈のいじめ裁判の開廷が、思っていたよりもずっと早く決まったからだ。開廷の前日になって、弁護士がようやく小林雅子を東京に呼び寄せ、家族も一緒に上京してきた。


この数年、美月はときどきLINEで小林雅子とやり取りし、時にはお金を送ったりしていた。高校を中退して以来、二人は一度も会っていなかった。


久しぶりに再会した小林雅子は、記憶の中とほとんど変わらず、背もあまり伸びていなかった。高校時代よりもさらに内向的になったように見えた。聞くところによると、九条グループの弁護士チームが時間をかけて、ようやく彼女を証人として説得できたという。


小林雅子の証言があったおかげで、裁判はスムーズに進んだ。佐藤家は瑠奈のために弁護士を雇うこともせず、傍聴に来る人もいなかった。瑠奈自身も、家族に見捨てられたことを理解していたのか、法廷ではずっとうつむいたままだった。


最終的に、瑠奈はいじめの罪で懲役3年の判決を受けた。


これでようやく、一つの区切りがついた。裁判当日の朝は小雨が降っていたが、すべてが終わるころには雲が晴れて、暖かな陽射しが顔に降りそそいだ。


裁判所を出ると、小林雅子はおずおずと美月の後ろについてきて、彼女の袖をぎゅっと掴んだ。美月は優しく声をかけた。


「もう大丈夫。悪い人はちゃんと罰を受けたから。しばらくは私のマンションにいて、賠償金が振り込まれるまでゆっくりして。今度、東京を案内してあげるね。」


「うん、ありがとう……」小林雅子の声は小さく、かすれていた――傷ついた声帯はもう元に戻らなかった。


美月は家族を見送ろうとしたが、ふと裁判所の前に停まる黒い車が目に入った。車から降りてきたのは司だった。


美月は小林雅子を両親に託した。「車を呼んでおきますね。私はちょっと用事があって。」


「本当にありがとう!」


小林雅子たちを見送った後、美月は司のもとへ向かった。彼は車の前に立ち、いつの間にか花束を手にしていた。春の陽射しが彼のスーツをやわらかく照らし、普段よりもずっと穏やかな雰囲気をまとっていた。


美月の心臓が一瞬止まり、すぐに高鳴った。階段を駆け下りると、司が花を差し出した。「今日は少し遅れてしまったけど、裁判はうまくいった?」


「うん、無事に終わったよ。」花のほのかな香りが鼻先に漂い、美月は微笑んだ。「雅子も証言してくれたし、すごく勇気があったよ。」


司はそっと彼女の髪を耳にかけ、少し身を屈めて言った。「君も、本当に勇敢だった。」


美月は彼の深い瞳を見つめ、胸がさらに高鳴った。花束のラッピングを握りしめて、「どうして私に花を?」と尋ねた。


「いいことがあった日はお祝いしないと。」司はドアを開けて、「このあと、ごちそうを食べに行こう」と誘った。


「うん、行きたい。」


車が走り出し、司は隣で花束を抱えた美月を見つめた。白いヒヤシンスの花は気品があるけれど、それでも彼女にはかなわなかった。


「ヒヤシンスは冬の間は眠って、春になるとまた咲くんだ。」司はやさしく続けた。「どんなに暗い過去があっても、いずれ晴れて、前だけを見て進めばいい。」


美月は花束を抱きしめ、司の横顔を見た。「ありがとう。正直、今日はすごく不安だった。まだ現実じゃないみたいで……でも今、やっと安心できた。それに、弁護士チームにも手伝ってもらえて、本当に感謝してる。」


車は静かに道を進んだ。司はそっと美月の手を握った。「もう心配しなくていい。ずっと、そばにいるから。」


嬉しいことは続くもので、瑠奈の事件が終わって間もなく、誠司の名誉損害の件も、担当弁護士から「もうすぐ裁判が始まる」と連絡が入った。


この件は一ヶ月も引きずっていたが、美月はもうあまり怒っておらず、弁護士に全て任せて出廷しなかった。


九条グループの弁護士チームの協力もあり、裁判はすんなり勝つことができた。最終的に判決は、誠司が美月に32万円を支払い、正式に謝罪すること。


誠司は最近、清夏との結婚準備で忙しく、裁判当日も弁護士を代理に立てて自分は出席しなかった。判決を知ると、腹を立ててオフィスで契約書を2枚も破り捨てた。


謝罪を先延ばしにしようとしたが、弁護士が毎日催促してきて、「拒否すればさらに訴訟になる」と言われ、仕方なくかつてデマを書き込んだグループチャットとSNSで謝罪文を投稿した。


美月は既に彼をブロックしていたので、そのSNSは見ていなかったが、悠がスクリーンショットを送ってくれた。


悠はスクショを送った後すぐ電話してきて、10分間も大笑い。「SNSは結構な人を非公開にしてたみたいよ。今さら世間体気にしても遅いのに。私、すぐにこの画像ネットに載せるから、みんなに本性を見せてあげなきゃ!」


誠司は最近、経済ニュースにも顔を出していたが、清夏との真剣交際を認めてイメージ回復に努めたおかげで、株価の大きな変動はなかった。


それでも、彼個人や霧島グループの評判はネットでは急落し、しばらくは立ち直れそうにない。悠が彼のデマや謝罪の件をネットに投稿したことで、誠司の悪評はさらに広まった。


誠司はニュースを見て苛立ち、情報元を探して3日も部下を使ったが、結局誰がリークしたか分からなかった。結局、その怒りは美月に向けるしかなかった。


「いつか必ず、美月を後悔させてやる。俺の前で土下座して謝らせてやる……!」と胸の中で誓った。


そんなある日、美月は出社した時、西田から電話を受けた。最初は軽く世間話をし、最後に少し戸惑いながら切り出した。「お祝いに、一緒にランチでもどうですか?事務所が会社の近くなので、お昼にどうでしょう?」


美月もお礼がしたいと思い、快く承諾した。「ぜひ、ごちそうさせてください。」


二人はカラフル近くの食堂でランチをし、学生時代の思い出話で盛り上がった。西田は何か言いたげだったが、最後まで昔話に終始した。


食事の後、二人でカラフルまで歩いて戻ることに。西田が、「事務所はこの先の通りだから、ちょうど同じ方向ですね」と言った。


並んで歩きながら、二人は楽しく会話を続けていた。


そのとき、後ろから曲がってきた車の後部座席で、男がふと目を上げると、道端で楽しそうに話す二人の姿が目に入った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?