司は昼に重要なビジネスランチがあり、会場は偶然カラフルの近くだった。
車がその通りに入った瞬間、彼は無意識に窓の外へ視線を向け、街並みに目を走らせた。
見慣れた姿がふと目に留まった。
美月が一人の男性と並んで歩道を歩いていた。男性は車道側に立ち、さりげなく美月を車の流れから守るように歩いていた。彼女は少し首を傾げて何かを話し、穏やかな笑顔を浮かべていた。
窓越しで男性の顔ははっきり見えなかったが、自然と近づくその仕草から、彼の好意が隠しきれない様子が伝わってきた。
「ゆっくり走って」司は低い声で言った。
助手席の高橋が彼の視線を追った。
「奥様ですか?」とやや驚いたように言った。
後部座席の司は何も答えなかった。
高橋はもう一度男性の顔をよく見て、思い出したように言った。「九条さん、あの方は以前奥様の案件を担当された西田弁護士では?うちの法務部も彼とやりとりしたことがあります。僕も一度会ったことが。」
「弁護士?」司は眉をひそめた。
これが美月の特に気にかけている同級生か。
単なる同窓のよしみと思っていたが、どうやらそれだけではなさそうだ。
高橋は空気の変化を敏感に察し、そっと言った。「西田弁護士の事務所はこの近くですし、食事の帰りかもしれません。九条さん、ランチミーティングの時間が……」
「キャンセルしろ」司は遮り、窓の外の二人から目を離さなかった。
「……かしこまりました」高橋はすぐに電話をかけ、予定を取り消した。
車は道端に停車した。司はじっと二人の姿を見つめた。西田が美月を会社まで送り届けようとしているのが分かり、視線がさらに鋭くなった。
「高橋、すぐにランチを買ってきてくれ。急ぎで」司が命じた。
高橋は理由は分からぬまま、素早く近くの店で弁当をテイクアウトしてきた。
「彼らより先にカラフルの前に車を停めろ」司は運転手に指示した。
車はスピードを上げ、すぐにカラフルの入口に止まった。司は少し不自然な弁当を手に車を降りた。
数分もしないうちに、美月と西田が通りの向こうに現れた。
美月は司が入口に立っているのを見て、明らかに驚いた様子だった。「司?どうしてここに?」
彼女の目は彼の手の弁当に止まり、不思議そうにしていた。
司は無愛想な表情が少し和らぎ、自然な口調で言った。「ちょうど近くまで来たから、お昼を届けに来た。」
「えっ……」美月は突然の差し入れに思わずむせてしまい、信じられないという顔で彼を見つめた。
彼女が戸惑う間もなく、司はしっかりと彼女の腰に手を回し、西田の方に向き直って手を差し出した。「どうも、美月の夫です。」
西田は一瞬固まったが、とっさに握手し返した。「どうも……」そして驚いたように美月を見る。「結婚してたんだ?」
美月の腰に置かれた手は温かく力強かった。彼女は少し身を引こうとしたが、離れられず、仕方なくうなずいた。「うん。」
司はすぐさま続けて、柔らかいが断定的な口調で言った。「最近結婚したので、まだあまり知っている人はいません。でも、俺たちはとても仲が良いです。」最後の一言には特別な強調が込められていた。
美月は司を見上げ、今日の彼はいつにも増して様子が違うと感じた。
表向き仲の良い夫婦を演じる約束はあったが、わざわざ知り合いにまで公言する必要はないと思っていた。
気まずい空気を和らげようと、美月は西田に説明した。「この方が、以前私の裁判を手伝ってくれた西田弁護士です。今、一緒にランチして戻ってきたところなんです。」
「そうなんだ」司は弁当を軽く持ち上げ、少しだけ残念そうに言った。「タイミングが悪かったかな。」
美月は彼の言葉に何か含みを感じた。
一方の西田は、司の意図をはっきりと悟った。目の前の男は立ち居振る舞いからして只者ではなく、礼儀正しい中にも、隠しきれない独占欲がにじみ出ていた。
西田の中で芽生えかけた想いは、一瞬で冷めてしまった。
気持ちを切り替え、西田は美月に向かって言った。「僕はこれで。事務所に戻らないと。」
「うん、気をつけて」美月はうなずいた。
西田の姿が角を曲がって消えると、司の手もようやく腰から離れた。
美月はほっと息をつき、司を見上げて言った。「どうして急に来たの?この時間、同僚に見られたら……」
「来てほしくなかった?」司は表情を曇らせた。「俺たちの関係を知られるのが嫌なのか?」
「そんなことないよ」と美月は慌てて答えた。「ただ、あなたは目立つから、色々と気を使うだけ。」
司は胸の奥で渦巻く感情を抑えた――本当は、美月が自分の妻であることを全世界に知らしめて、誰にも近づかせたくなかった。しかし、それはできなかった。
彼は弁当を持ち上げ、少し寂しげな声で言った。「ランチの予定をキャンセルして、わざわざ君に届けに来たのに、もう食事は済ませてたんだね。俺はまだ何も食べてない。」
美月はなぜか少しばつが悪くなり、「でも、事前に言ってくれれば……」
「もういいよ」と司は彼女の手を取り、有無を言わせず車の方へと連れていった。「せっかくの弁当を無駄にしたくないから、君も一緒に食べて。」