目次
ブックマーク
応援する
72
コメント
シェア
通報

第74話 サプライズ

小早川家の邸宅。


深夜12時を過ぎても、家族は誰一人寝ていなかった。


健司はソファに沈んだ顔で座り、その隣には華子と息子も同じように重い表情を浮かべていた。


蕾があくびをしながら2階から降りてきた。


「みんなまだ起きてるの?何話してるの?まるで打ちひしがれたナスみたいな顔して。」


華子が蕾を睨んだ。「余計な口出ししないで、早く寝なさい。」


「なんで私だけ聞いちゃいけないの?」


蕾はそのままソファに腰掛け、家族が夜更けまで何を話しているのか気になった。


健司も華子も黙ったままだったので、哲が仕方なく簡単に説明した。


しばらく前に哲は会社を辞め、霧島グループに転職しようとしたが、美月がどうしても受け入れてくれず、いくつか仕事を探したものの満足できず、結局家の小さな物流会社で副社長を務めることになった。


ようやく業務に慣れた矢先、会社に危機が訪れた。連続で十数件の案件を失い、ほぼ営業停止寸前。ちょうどその時、税務署の調査も入り、しかも小早川家の会社がターゲットになった。


会社の規模は大きくないのに、税務署の対応は上場企業並みに厳しく、調査の結果、問題が発覚し状況はさらに悪化した。


資金繰りは苦しく、銀行ローンの手続きも進まず、このままでは来月の給与も支払えなくなりそうだった。


ここのところ、健司は悩みすぎて眠れず、髪まで白くなりかけていた。


蕾はあっけらかんと、「まだ大きな貯金があるでしょ?」


健司は「どうしようもなくなったら、そのお金を使うしかない」と言った。


それは小早川家の資産を売却した際に得た金で、これまでも何度か会社の穴埋めに使い、今もそれなりに残っているが、老後のために取ってある。


哲がため息をついた。「九条グループの案件が取れればよかったんだけどな。あれだけ時間をかけたのに、あっさり外されてさ。最初の接待費だけでも数百万円は使ったのに。」


健司が言った。「お前が接待してた相手は決定権がない。本当に影響力があるのは案件の副社長だ。彼とのコネを作るしかない。」


「それなら副社長に贈り物でもしたら?」と華子が焦った様子で言った。「九条グループの案件さえ取れれば、三年は安泰よ。」


健司も同じ考えだった。「贈り物だけじゃダメだ。」


息子に向かって言った。「その副社長は飲み会に女性を同席させるのが好きらしい。普通の子じゃ相手にされない。若い女性を何人か連れて行って、気に入ってもらえるか試してみろ。」


「食事だけなの?」と哲が聞いた。


「そうだ。彼は体の調子があまり良くなくてな、食事の場にきれいな女性がいると気分が上がるらしい。」


哲は膝を叩いた。「それなら簡単だ!」


そして階下に降りてきた蕾の方を向いた。「蕾に行ってもらえば?何もしなくていいし、ただ隣に座ってればいい。蕾の美貌なら外で探すよりずっといい。」


言い終わるや否や、頭を叩かれた。


華子が怒って叫んだ。「妹を使おうなんて、ふざけないで!命が惜しくないの?」


兄は頭を押さえながら、「ただ座ってるだけだし、別に何も……」


蕾はクッションを投げつけた。「私なんか絶対に行かない!」


いつも友達とお茶したり買い物したりが好きで、オジサンと食事なんてごめんだ。蕾は目を輝かせて言った。「美人と言えば、都内でも有名な人がいるじゃない。みんな忘れてるの?」


家族は顔を見合わせ、美月のことだと気づいた。


蕾は鼻で笑った。「美月は誠司に振られて霧島家にも入れなかったし、もう私たちには役に立たない。でも今会社がピンチなんだから、少しくらい助けてもらってもいいでしょ?」


「しかも相手は体が弱いから何もできないし、一番の美人なら誰でも案件を取れるはず。」


その言葉に、リビングは静まり返った。


健司も最初は若い女子大生でも雇うつもりだったが、蕾の提案に美月の方がずっと効果的だと気付いた。副社長に媚びを売る人は多いが、美月が同席すれば小早川家は一気に有利になる。


「でもあの子、もう私たちと関わりたくないって言ってるし、会社が潰れるのを喜んでるかも。絶対来ないよ。」


華子は少し考えてから、「本当のことを言わなきゃいい。上手く騙して呼び出せばいいのよ。」


哲が言った。「前に一度騙したから、今さら信じてくれないだろ。」


華子は余裕の笑みを浮かべた。「心配しなくていい。副社長の予定だけ決めて、あとは私に任せて。」


彼女が小声で手順を説明すると、みんなの不安も吹き飛んだ。美月が参加すれば、副社長も満足し、小早川家の危機も乗り切れるはずだ。


……


九条グループ、高橋が契約書を司のオフィスに持ってきた。


「九条さん、後藤さんと契約がまとまりました。新しいショッピングモールのセキュリティシステム案件を彼に任せる代わりに、カラフルの株式七十パーセントを譲ってもらいました。」


司は契約書を手に取り、目を通した。


少し前、司が後藤と食事した際、カラフルに興味があると何気なく話したところ、後藤は「もし興味があるなら全部あげますよ」と即答した。


後藤はジュエリーには興味がなく、カラフルはかつて共同出資した小さな会社で、 八十パーセントの株を持ってはいたものの経営には全く関与していなかった。


司はただでもらうのは気が引けたので、新しいショッピングモールのセキュリティ案件を譲ることを提案した。


後藤は喜びを隠せず、まさか案件ごと手に入るとは思わず、九条司に個別で会ってもらえたのも幸運だと感じていた。


司も納得していた。美月はしばらくカラフルを辞めそうにないし、いっそ会社ごと買ってしまえばいい。ちょうど彼女の誕生日も近いし、サプライズになるだろう。そう思って交渉を始めたが、後藤がすぐに「差し上げます」と言い出し、あっという間に株式譲渡が決まった。


こうして七十パーセントの株を譲り受け、司がカラフルの実質的オーナーとなった。


契約が終わると、後藤から電話がかかってきた。司はこれまで通り後藤にカラフルの運営を任せ、経営方針も変えないよう伝えた。


後藤はすぐ了承し、電話を切る前に「いつか一度カラフルをご覧になりませんか」とお伺いを立てた。


社交辞令のつもりだったが、司は「近いうちに行く。日程は追って知らせる」と本気で答えた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?