警備員は何度も電話をかけ続け、十数回目にようやく相手が出た。
「頼む、助けてくれ!」彼は声を押し殺し、半泣きになりながら訴えた。「監視カメラの件がバレたんだ。すぐに警察に連れて行かれる!なんとかしてくれ。もし他のことまで調べられたら、俺はもう終わりだ!」
話し終わらないうちに、相手は電話を切ってしまい、ただ無機質な通話終了音だけが残った。
彼は諦めきれず、もう一度かけ直したが、応答はなかった。
「もうやめておきなよ」美月が近づき、落ち着いた声で言った。「あなた、名前は?」
警備員は警戒した目つきで、一言だけ返した。「水野松。」
「水野……」美月はその名字を繰り返し、鋭い視線を向けた。「清夏のこと、知ってるの?」
水野は一瞬体をこわばらせ、すぐに否定した。「知らない!」
「でも、さっきかけてたのは清夏の番号だったよ」美月は一歩詰め寄った。「家族に電話すると言ってたけど、実際はどういう関係なの?」
水野がこんな状況で連絡する相手は、最も頼りになる、もしくは最も親しい人物に違いない。彼は「家族だ」と言ったし、苗字も同じ「水野」だ。
しかし、清夏はずっと海外で育った一人娘だと公言しており、両親も海外在住。国内に水野松のような親戚がいるはずがない。
美月の詮索するような視線に、水野は居心地悪そうに身をよじった。
以前なら、彼は絶対に清夏との関係を認めなかっただろう。
だが今は違う。清夏はすでに誠司と婚姻届を出し、今日はその結婚式だ。彼女は正式に霧島家の妻となり、しかも子どもを身ごもっている。たとえ秘密が明るみに出ても、誠司がすぐに離婚するとは限らない。
水野は急に自信が湧き、少し胸を張った。
「別に言ってもいいよ。清夏は俺の姉さんだ!」
「姉さん?」美月は眉をひそめた。「いとことかじゃなくて?」
「実の姉だよ。同じ親から生まれた!」水野 待つはもう開き直った様子だ。
美月は信じられない顔で水野松を見る——水野松はどこにでもいそうな顔立ち、清夏は手入れの行き届いた美しい容姿。この二人が本当に兄妹?
「冗談でしょ?どうして清夏さんの実の弟だなんて言えるの?」
「本当だって!」水野は首を突っ張り、どこか自慢げな口ぶりで言った。
「姉さんは今や霧島家の奥さんだぞ。金ならいくらでもある。警察に通報しても構わないよ。捕まったって、姉さんが助けてくれるに決まってる!」そう思うと、先ほどまでの恐怖も薄れ、どこか得意げな気持ちが湧いてきた。
美月はさらに問い詰めた。「清夏は水野正弘の娘じゃなかったの?」
「水野正弘?」そばにいた司が口を挟んだ。「あの、海外の大学で客員教授やってる有名な建築家?」
美月がうなずいた。「そう、その人。知ってる?」
司は「名前は聞いたことがある。知り合いがいるかも」と言って、携帯を取り出した。
「お願い」美月は頷き、心の中では大体の状況が見えてきた。水野松が嘘をついている様子はない。となると、嘘をついているのは清夏だけだ。彼女は有名な建築家の娘ではなかったのだ。
司が電話している間に、美月は水野松に質問を続けた。「今日、清夏が結婚するのに、実の弟なら式に出て祝ってあげればいいのに?」
水野は鼻で笑い、軽蔑したように言った。「関係ないだろ。行きたきゃ行くし、行きたくなきゃ行かない。」
その態度を見て、美月はかえって水野の話を信じ始めた。この男は嘘が下手だ。もし本当に弟なら……美月の背筋に冷たいものが走った。
「カラフルの警備員として働いてるのは、私を監視するため?」美月の声が急に冷たくなった。
水野の視線が泳ぎ、無理に平静を装った。「違うよ、忙しいんだから、そんな暇ない!」
言い訳はしているが、表情は「監視して何が悪い」と言わんばかりだった。美月はますます警戒心を強めた。
思い返せば、水野がカラフルに入社した時期と、清夏が美月と誠司の間に「偶然」を装って割り込むようになった時期が重なる。美月が休みを取って誠司に会いに行ったり、誠司が会社に来た時に、ちょうどよく清夏から電話がかかってきて呼び出されたことも多かった。自分の行動はずっと把握されていたのだ。
怒りを感じると同時に、どこかほっとした気持ちもあった。こんなことまでやる人たちだ、他に何をしてくるかわからない。誠司との関係をきっぱり切っておいて本当によかった。もう二度と関わりたくない。
司が電話を終えて戻ってきた。「わかったよ。友人が水野正弘のことを知ってるけど、彼には娘が一人いるだけで、名前も清夏じゃない。」そう言って美月にスマホを見せた。画面には清夏と似た年頃だが、まったく違う女性の写真が表示されている。
清夏の経歴詐称が、これで確定した。
呆れるしかなかった。霧島家が清夏を選んだのは、まさにこの作られた経歴が理由だったはず。もし本当のことを知ったら……
美月が考え込んでいると、水野松の携帯が鳴った。
清夏からの折り返し電話だった。
水野はすぐに出て、慌てて言った。「姉さん!助けてくれよ!このままじゃ……」
言いかけたところで、電話の向こうから誰かが代わったらしい。水野の態度は一変し、媚びた声になった。「あっ、誠司さん!もう家族ですもんね、兄貴!お願いします、助けてくださいよ!」
電話の向こうからは、誠司が怒鳴る声がはっきりと聞こえてきて、美月のそばにいてもその怒りが伝わってくるほどだった。
水野が何か言いかけたまま、警察が到着し、事情を聞いた後で水野松と吉田は一緒に連行された。
二人が連れられて行った直後、美月の携帯が鳴った。悠からだった。
受話器からは賑やかなざわめきが聞こえ、悠は興奮を隠しきれず、どこか楽しそうな声で話し始めた。
「今どこにいると思う?ふふ、誠司と清夏の結婚式会場なんだ!」
美月は驚いた。「えっ、あなた、あの二人の結婚式に行ったの?」
悠は「そうなんだよ!霧島家から招待状が届いて、うちの両親は行きたくなくて私に行ってこいって押し付けてきたの。あんたに言わなかったのは、気にするだろうと思ってさ。でも今は……もう我慢できない!今すぐ話したいくらい、すごいことが起きてるんだ!」
「なにがあったの?」美月が尋ねる。
悠は大声で笑い出した。「いやもう、信じられないよ!結婚式が始まった瞬間、誠司と清夏が!なんと!二人とも!立て続けにいなくなっちゃったの!会場は大混乱、司会者も茫然自失、残された私たちゲストだけで食事してるんだよ。こんな事件、滅多にないって!」