このところ誠司と霧島グループの評判は決して良いものではなかった。
そのため、誠司は今回の結婚式を特別に盛大に開くことにした。
これまでの悪い噂を払拭するため、彼は多くのメディアを招待していた。
式が始まる直前、清夏は誠司とともにホテルのホール奥で待機していた。音楽が鳴り始めたら、二人で一緒に入場する予定だった。
そのとき、清夏のスマートフォンを預かっていた友人が、そっと近づいてきて小声で「誰かが何度も電話をかけてきている」と伝えた。
結婚式が正式に始まる前に知らせておいた方がいいと思ったのだろう。
清夏が画面を確認すると、その番号を見て一瞬で顔色が変わった。
まさか水野松が今日、連絡してくるとは思ってもみなかった。
彼女は事前に水野松と父に「今日は絶対に式場に来ないで」と伝えていた。結婚が終わってから、少しずつ霧島家に自分の家族のことを打ち明け、誠司にも受け入れてもらえるようにしようと考えていたのだ。
こんな時に、問題を起こすわけにはいかなかった。
清夏はすぐに電話を切ったが、携帯を友人に返す前にまた着信があった。
隣にいた誠司は少し不機嫌そうに言った。
「出た方がいいんじゃないか?もしかしたら本当に急ぎの用かもしれない。式が始まるまでまだ数分あるし、前の方にたくさん人もいるから、早めに済ませておいた方がいいよ。」
清夏の手は携帯の振動で汗ばんでいた。
誠司にそう言われて、無視するのも不自然だと思い、彼女は受話器を耳に当てた。
すると、水野松の切羽詰まった声が聞こえてきた。
「早く助けてよ!監視カメラをいじって捕まっちゃった、俺を助けてくれ!」
清夏はあまりのことに、危うく携帯を落としそうになった。
最後まで話を聞かずに、慌てて電話を切った。
ちょうどその時、音楽も小さくなり、誠司は彼女のそばでその会話をなんとなく聞いていた。
「警察?誰が警察に捕まったんだ?」
清夏は舌先を噛みしめ、無理に平静を装った。
「大丈夫、きっと間違い電話よ。気にしないで。」
顔色は明らかに悪かった。チークで隠しきれないほど青ざめていた。
そう言ったそばから、また電話が鳴った。
誠司は眉をひそめた。
「どう見ても間違い電話には思えないけど、本当に知らない相手なのか?」
「知らない……」
清夏の顔はさらに青くなった。
昨日からずっと緊張していた上に、水野松からの何度もの着信で、心身ともに限界だった。
今日履いていた12センチのハイヒールも、いまは足元がふらつくほどだった。
突然、下腹部に激しい痛みが走り、彼女は誠司の腕をつかんだ。
「誠司、お腹がすごく痛い……」
「もうすぐ式が始まるのに、なんで今なんだよ。」
誠司は彼女の腰を支えながら困惑した。
そのとき、音楽が止まり、司会者の声が響いた。
司会者が手短に挨拶を述べ、誠司と清夏の登場を促そうとした矢先、清夏は一歩も動けず、お腹を押さえて前かがみになった。
大勢の視線が集まる中、誠司が彼女を立たせようとしたが、どうしても動かすことができなかった。
清夏が汗をかきながら苦しんでいるのを見て、誠司はお腹の子どもに何かあっては大変だと、彼女を抱きかかえて控室に連れて行った。
会場はどよめき、霧島家の親族も慌てて後を追った。
控室では、霧島家の父が怒りをあらわにした。
「大勢のお客様を放っておいて、どういうつもりだ!」
「お父さん、清夏が具合悪いんです。式を少し延ばしましょう。」
「時間はきっちり決めてあるんだ。縁起が悪いだろう。」
「でも、このままじゃ彼女がもたない……」
しばらくソファに座っていた清夏は、ようやく顔色が少し戻った。
「……大丈夫。戻りましょう。」
誠司は彼女の肩を押さえた。
「さっきの電話、どういうことなんだ?電話のあと、あんなに顔色が悪くなって……誰からだった?」
清夏は深呼吸して答えた。
「ただの友達よ。ちょっとトラブルがあって、助けを求めてきただけ。気にしないで……」
しかし、誠司は納得できなかった。
さっきは間違い電話と言ったのに、今は友達だと言う。
不審に思った誠司は、外に出て携帯を預かっていた友人から清夏のスマートフォンを受け取り、その番号にかけ直した。
何となく悪い予感がしていた。
電話がつながると、相手は「姉ちゃん」と呼び、すべてが明らかになった気がした。
さらに「兄貴」とへつらうような声も聞こえ、誠司の脳裏にはチンピラのような男の姿が浮かんだ。
誠司は控室に戻り、清夏を問い詰めた。
極度の緊張と動揺の中、清夏の説明はどこか辻褄が合わなかった。
少し話しただけで、霧島家の家族も清夏の身の上が嘘だったのでは、と気づき始めた。
結婚式という大切な日に、両親が海外から来ない理由も見えてきた。
事実を隠し切れないと悟った清夏は、耐えきれずお腹を押さえて倒れたふりをした。
家族は大慌てで救急車を呼ぶしかなかった。
会場にはまだ多くの客が残っており、霧島家の父は仕方なくホテルに料理を出すよう指示をした。
誠司と真美子は救急車に同乗して病院へ向かった。
病院に着くと、清夏のスマートフォンがまた鳴った。
今度は水野松ではなく、警察からだった。
警察は「水野松は母親を早くに亡くしており、父親にも連絡が取れないので、姉である清夏を頼るしかなかった」と告げた。
まだ清夏は意識を失っていたため、誠司は真美子に彼女を任せ、自ら警察署に向かった。
事情を確かめる必要があったからだ。
警察署で費用を支払い、水野松を引き取った。
少し話をしただけで、すべてを理解した。
警察署を出ると、水野松は誠司の後ろにぴったりとついてきて、「これからは家族だな」とニヤニヤしながら安物のタバコを差し出してきた。
彼の着ている警備員の制服と安っぽいタバコを見て、誠司は思わずその場で倒れそうになった。
この結婚式の日、誠司は初めて自分が清夏に騙されていたと知った。
これまでの清夏の話はすべて作り話で、彼を手に入れるための芝居だった。
彼女は建築家の娘でもなければ、海外育ちのお嬢様でもなかった。
実際は、働かずにぶらぶらしている弟と、重い病気を抱えた父親がいるだけだった。
誠司はどうやって病院に戻ったのかも覚えていなかった。
ニュースがどう報じるのか、来客たちの目には自分がどう映るのか、今後どうすればいいのか、何もわからなかった。
病室に駆け込んで清夏と対峙し、言葉を交わすと清夏は泣き出した。
誠司は怒りのあまり、病室のテーブルを蹴り倒してしまった。
その拍子に胃が激しく痛み出し、思わず体を折り曲げた。
この日、まともに食事もとらず、極度のショックと怒りで、持病の胃痛が悪化してしまった。
真美子は慌てて誠司の入院手続きをした。
こうして、二人がそろって入院する羽目になった。
真美子は一人で病院で泣き腫らしていた。
霧島家はホテルで式の後始末に追われていた。
霧島家には、まるで空が落ちてきたかのような不幸が押し寄せていた。