夜の8時、少し眠った誠司は、だいぶ体が楽になっていた。
目を開けると、頭上の点滴と、その隣の空のベッドでぐっすり眠っている真美子の姿が目に入った。
意識がはっきりしてくると、結婚式での騒ぎが脳裏に何度もよみがえった。誠司はゆっくりと体を起こし、点滴のボトルをじっと見つめると、次第に苛立ちが募ってきた。ついには針を抜き、そっと靴を履いて、真美子を起こさないように病室を出た。
廊下に出ると、親友に電話をかけた。
「今何してる?一杯付き合えよ。」
電話の向こうは静かで、疲れた声が返ってきた。「今日はやめとくよ。胃の調子が悪かったって聞いたけど、大丈夫か?」
問い詰められた瞬間、誠司はひどく気まずさを覚えた。
「いいよ、無理なら切るぞ。」
「おい、ちょっと待て!」相手は慌てて引き止める。「酒だけはやめとけ、胃がもたないぞ。」
「分かったよ。」誠司は適当に返事をし、電話を切った。
そうして、病院をそっと抜け出した。胃にはよくないと分かっていながら、このもやもやを吐き出さない限り、今夜は眠れそうになかった。
なんとなく歩きながら、道端に新しくできたバーを見つけ、そのまま中へ入った。
店内では、美月がグラスを手に、ゆっくりと酒を味わっていた。
今日、悠は誠司の結婚式から帰ってきてからずっと上機嫌で、夜になって美月を無理やり誘い、このバーにやってきた――オーナーが悠の友人で、顔を出したかったのだ。
「電話じゃ伝えきれないって!直接話したくてさ。笑いすぎて頬が痛いよ。あの騒ぎ、もう皆の間で大騒ぎだよ。誠司が結婚式から逃げたって噂まで出てる。」
美月は特製のウイスキーをまた一口。果実の香りがして、意外と飲みやすい。
「さっきは清夏が体調崩したって言ってなかった?なんで今度は逃げたことになってるの?」
「色々言われてるよ。家族全員が病院に行ったとか、詳しいことは私も分からない。」
美月は、昼間カラフルで起こったことを簡単に話した。
話を聞き終えた悠は、目を丸くして驚いた。「よくそんなことできるね!他人の娘になりすますなんて、口から出まかせもいいとこ。つまり、清夏と水野正弘は全然関係ないってこと?」
美月はうなずいた。「どうやら、金持ちのお嬢様のふりをして誠司に近づいたみたい。本当なら、最初から相手にもされなかったはず。」
「信じられない!」悠はしばらく笑い転げた。「で、あの吉田はどうなったの?前から気に入らなかったんだ。」
「警察に連れて行かれたよ。」美月はまた一口飲んだ。
「気をつけてよ、そのお酒は強いから。」
「そうなの?」美月はグラスを回し、中身を眺めながらあまり気にしない様子。
悠は続けた。「吉田、しばらく出てこれないといいな。」
美月は首を振った。「聞いた話じゃ、午後にはもう出てきたみたい。家が金持ちだから、揉み消せたんだろうけど、カラフルはクビになったし、業界からも干されるかもね。」
「ざまあみろ!自業自得だ!」悠は膝を叩いて大笑い。「誠司も自業自得だよ。清夏の正体がバレたのが今日でよかった。もっと早かったら、破談になってたかも。」
もし早くバレていたら、誠司は結婚をやめていただろう。でももう式は終わり、名実ともに夫婦だ。霧島家の面目のためにも、しばらく離婚はしないはず。
悠はまだ笑いが止まらない。「今の誠司の顔を見てみたいな。想像するだけでスッキリする。」
その時、カウンターの向こうから人影が近づいてきた――誠司だった。
少し離れていたので、美月も悠も彼に気づかなかった。誠司も今、彼女たちを見つけたようだった。
頬を赤く染め、明らかに酔っている誠司が、片手に半分空いたボトルをぶら下げてふらふらと近づき、美月のテーブルに酒瓶を置いた。
「君も飲みに来たのか?」
美月の機嫌は一瞬で消え失せた――せっかくの酒の席で、この厄介者に会うとは。
「私が飲もうが飲むまいが、あなたには関係ないでしょ?」
「どうしてそんなこと言うんだ?」誠司はどこか甘えるような声で言った。「そんなに冷たくしないで……」
美月は呆れて目をそらし、彼のスーツの下に見える患者服に気づいた。
「清夏が病院で寝てるって聞いたけど、あなたも患者服着てるし、夫婦そろって何やってるの?」
悠も露骨に嫌そうな顔で、からかうように言った。「新婚初日なのに、なんだか元気なさそうね?結婚式、どうなっちゃったの?何があったのか教えてよ。」
誠司は怒ることもなく、かなり酔っているのか、ふらふらと美月の隣に座った。
「少し話を聞いてくれ。」
「冗談でしょ?」美月はすぐに席を離れた。「あなたと話すことなんてない。」
「冗談なんかじゃない。」誠司は手を伸ばして美月の手をつかもうとした。「清夏に騙されたんだ。」
「彼女は建築家の娘なんかじゃなかった。最初から俺に近づくために嘘をついてた。水野って名字が同じってだけで、身分を偽ってたんだ。」
「美月、本当に騙されたんだ。まさかこんなことになるなんて……」
美月は彼の手を振り払って、勢いよく平手打ちした。
「酔っ払って八つ当たりしないでよ!騙されたのは、あんたがバカだっただけ!」
「今まで清夏を大事にしてたのに、素性が分かった途端どうでもよくなるの?そんなの、あんたの愛なんて安っぽいもんよ。好きなのは彼女自身?それとも家柄?」
誠司はその問いに言葉を失った。自分がまだ清夏を愛しているのかも分からない。ただ、今は怒りしか感じなかった。
酒のせいで理性は飛び、もう美月の言葉も耳に入らなかった。ただ彼女の唇が動いているのが見えるだけだった。首を振り、目元を赤くしながら、それでも何度も彼女の手をつかもうとした。
美月の冷たい視線が針のように刺さり、胸が痛んだ。後悔の言葉を飲み込んで、誠司はただ「こんなふうにしないでくれ……」と繰り返すばかり。
「私は何もしてないでしょ?」美月は呆れて笑い、彼を突き放した。「触らないで。」
誠司はもともと力が入らず、そのままソファに手をついて床に座り込んだ。座り込んだままぶつぶつと何かを呟き、やがて床に突っ伏して動かなくなった。
悠はヒールの先で彼をつついた。
「まさか、死んだんじゃないよね?」