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第83話 好きだ

美月は司の腕の中にもたれかかり、まぶたも今にも落ちそうなほど心地よさそうにしていた。


「誰のこと?」と、少し呂律の回らない声で尋ねた。

「誠司だよ。」

「誠司?」美月は重そうに目を開け、長いまつげが震えた。「誰だっけ?思い出せない。」


丸い目をぱちくりさせて、必死で思い出そうとしている様子。司の心に少し残っていた苛立ちが、嘘のように消えていった。彼女がとぼけているのは分かっていたが、この様子では怒る気にもなれなかった。


彼は美月を腕の中に引き寄せ、より楽な体勢に整えながら、自然と声が優しくなった。「さっきは言い方がきつかった、ごめん。誠司は結婚したばかりで、今ちょっと話題になってる。クラブで会ってるところを撮られたら、いろいろ噂されるだろう?」


店での写真はすでに手を回して処理していたが、それでも彼女に迷惑がかかるのではと心配だった。低く落ち着いた声で話すが、どこまで酔った彼女に届いているのか分からなかった——目は開いているが、顔には酔いが残したあどけなさとぼんやりした表情が浮かんでいた。


美月は突然、司の胸元から少し身を起こし、彼と目線を合わせてにっこり笑った。「思い出したよ。」

「そう?」司の指先に力がこもった。


「あの、しつこく張り付いてくる湿布みたいな人でしょ。」鼻にかかった声で、嫌そうに顔をしかめた。「悠と遊んでたら、いきなり来て変なこと言い出して、ほんと迷惑だったわ。」


彼女のとぎれとぎれの愚痴を聞いて、司の肩の力も抜けていった。どうやら、さっき自分が怒っていたことを思い出したのか、慌てて付け加えた。「お酒なんて一緒に飲んでないよ。今は彼を見かけたら必ず避けてるし、だから怒らないで。」


自分の言い方はこれで十分だと思ったのか、また司の胸に体を預けて、楽な姿勢で眠ろうとした。だが、司が彼女の腰をしっかりと抱き上げた——いつの間にか、車の後部座席の仕切りが上がっていた。


至近距離で司の顔が迫り、彼はそのまま美月にキスを落とした。そのキスは強引で、彼女を自分の一部にしてしまいたいという欲がこもっていた。


彼女の説明を聞いた瞬間、不安や動揺は一気に独占欲へと変わり、彼はただただ彼女を自分の色に染めてしまいたかった。誰も入り込めないように、彼女のすべてを自分のものにしたかった。


美月の唇からほんのりとお酒の香りが漂い、司はそれが甘く感じた。彼女が息もつけないほどキスを続け、ようやく唇を離した。力が抜けた美月は、司の胸に顔をうずめて、かすれた声で呟いた。


「酔ってるのに、ひどいよ……」

「うん、ひどいことするよ。」司は思わず笑い、声には自分でも気づかぬほどの甘さが混じっていた。


車はしばらく走り続け、微かな揺れに美月はぼんやりと動いた。司に手を握られているのを感じ、二人の指に光るリング同士が静かに触れ合った。


美月はふいに顔を上げ、下から司を見上げて小さく言った。「あの人のことは好きじゃない。好きなのは、あなた。」


司の体がかたくなった。「……今、なんて?」


「好きだよ、あなたが。」美月はもう一度はっきりと言った。その声は羽のように軽かったが、確かに司の胸に響いた。赤く染まった唇がかすかに開き、白い歯がのぞいた。その瞬間、司の胸に熱いものが湧き上がり、迷うことなく再び彼女にキスを落とした——


車がマンションの下に着いたとき、美月はもはや自分で歩くこともできず、司に抱き上げられて車を降りた。


酔いがさらに回り、意識も朦朧とする中、美月は両腕で司の首にしがみつき、コアラのように体を預けていた。司はそのまま階段を上がり、彼女を寝室へ運んだ。ベッドに降ろすと、今度はさらに強く抱きつき、「行かないで……」と呟いた。


窓の外から差し込む月明かりが司の顔を照らし、瞳をより深く見せていた。彼は必死に自分を抑え、そっと美月の手をほどいた。「大丈夫、もう寝よう。」


「やだ……」司が起き上がろうとすると、手首を掴まれた。美月は目を閉じたまま、片手で彼の襟元を無造作に引っ張った。「暑いよ……」


襟元が大きく開き、鎖骨が薄明かりに浮かび上がった。司は一瞬その光景に息を呑み、すぐに視線をそらして、かすれた声で言った。「おとなしくして。そうやって誘わないでくれ。」


しかし美月は言うことも聞かず、せっかくかけた布団も蹴飛ばし、ベッドの上で服を脱ごうとした。司はたまらず手首を押さえた。「動くな。」


「本当に……暑いの、苦しい……」美月は司の手を自分の鎖骨に導き、その感触に司は指先を震わせる。離すこともできず、かといってこれ以上触れることもできない。彼女の肌が徐々に赤く染まり、司の目にも熱が宿った——彼女が飲んだ酒に、何か混ぜられていたのだと悟った。


拳を強く握りしめ、無意識のうちに彼女の髪や眉、唇にまで目がいった。長年鍛えてきた自制心が、この瞬間すべて崩れ去った。司はそっと身を重ね、彼女に覆いかぶさった。

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