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第4話 決裂


神崎航は、嫌いな人間には一瞥すら惜しむ男だった。

九条景と気づいた今、その顔は今にも水が滴りそうなほど暗く、眉間にしわを寄せ、玲子と九条の間を鋭い視線で何度も往復した。

まるで二人の関係を探ろうとしているかのようだった。

ただならぬ気配を察して、九条はサッとエレベーターを出た。


玲子がまだ状況を飲み込めないうちに、彼女の手首は乱暴に掴まれ、そのままエレベーターから引きずり込まれた。

神崎の冷たくて大きな手が強引に締め付け、逃れることは到底できなかった。


「奴らに触られたのか?」神崎航は歯ぎしりしながら、再びその問いを口にした。


水野玲子は一瞬呆然としたが、すぐに悔しさと怒りで反論した。「神崎!私を山本社長に送ることを黙認したのはあんたでしょ!一つ一つ、全部あんたの仕業じゃない!今さら私に問い詰めるの?」


一言一言が胸に突き刺さる。思い返せばこの五年、まるで犬に餌をやったようなものだ!


男は彼女がここまで鋭く反撃してくるとは思いもしなかったようだ。


彼は彼女の顎を掴み、無理やり顔を上げさせ、二人の視線がぶつかる。


玲子の瞳には負けん気の強さが宿っていた。彼女は手足を使い、バッグで彼の肩を叩きつけ、足で彼のピカピカの革靴を思い切り踏みつけた。


いつもは死んだように静かなこの女が、今は荒波を立てている。その姿は彼にとって、少しだけ退屈さを和らげるものだった。


だが、苛立ちの方がずっと大きかった。


彼は暴れる彼女の手を冷たいエレベーターの壁に押し付け、しっかりと拘束した。


エレベーターが一階に到着した。上階を待つ客たちは、中で揉み合う男女を見て目を見開き、慌てて視線を逸らした。


神崎航は水野玲子をそのまま横抱きにして持ち上げた!


「放して―――!」体が急に宙に浮き、馴染みのある男の匂いが鼻先を掠め、水野玲子は反射的に悲鳴を上げた。


「もっと大きな声で叫べばいい。俺はもっと多くの人に見せても構わない。」神崎航は顎のラインを強張らせ、脅すように言い放つ。


周囲の視線がさらに集まり、彼の端正な顔立ちと腕の中の女に注がれる。


水野玲子は、これほどまでに恥ずかしい思いをしたことはなかった。口を開きかけるが、声が出ない。


中村はすでに車を入り口に停めていた。ドアが開くと、水野玲子は乱暴にロールスロイスの後部座席に投げ込まれる。


後頭部がドアノブに激しくぶつかり、思わず息を呑むほどの痛みが走る。


身につけていたミニスカートはすでにぐちゃぐちゃで、しわだらけ。逆にその乱れが、どこか痛々しい色気を漂わせていた。


神崎航が彼女の隣に座り、冷たい声で命じた。「六本木ヒルズタワーに戻る。」


「何をするつもり!」水野玲子は痛みも忘れ、怒りに燃える瞳で座り直す。


そこは、二人が体の関係を持つ場所だった。

それを思い出すだけで吐き気がし、二度と足を踏み入れたくなかった。


神崎航は用意していた手袋をはめ、身を乗り出してきた。


後ろにはもう逃げ場がない。水野玲子は唇を噛み締め、強い不安が胸にこみ上げた。


仕切りがゆっくりと上がり、密室が外界を遮断する。


彼女はまるでまな板の上の魚のようだった。


彼の意図に気づき、水野玲子は激しくもがき始めた。


「神崎!私に憎まれたくないならやめて!」瞳孔が一気に縮み、全力で体を丸めて身を守ろうとした。


「今さら怖くなったのか?」神崎航の顔半分は影に隠れ、声は低く危険だった。


男は彼女の手を押さえ、その大きな体で完全に覆いかぶさり、彼女を胸と座席の間に閉じ込めた。


玲子の顔色は紙のように青白く、絶望のあまり目を閉じる。一筋の涙が静かに頬を伝う。


神崎航の黒い瞳は、彼女の涙に釘付けになった。


その手の力が、徐々に緩んでいく。


彼は無言で、静かに泣く水野玲子を見下ろした。


彼女は今にも壊れそうなほど脆く、力なく両手が垂れ、まつげが小さく震えていた。


「今日の俺は、まだ忍耐強い方だ。」神崎航の一晩中荒れていた心は、ようやく少し落ち着いたのか、張り詰めていた表情もわずかに緩んだ。


沈黙が車内に満ちていく。


「そう…?」玲子は自嘲気味に笑い、涙が顎まで転がり落ちる。声が急に高くなった。「まだ私に抱かれる資格があるとでも?まだ何度もレイプしたいの?」


神崎航の鋭い視線が、瞬時に彼女に突き刺さる。「もう一度言ってみろ。」


「百回でも言ってやる!」玲子は冷笑し、寒さが骨まで染みるが、それでも心の冷たさには遠く及ばない。「それとも、私を殺したいの?あんたは因果応報が怖くないの?」血走った目で彼を睨みつけ、何度も区切って言った。


「あんたはきっと報いを受ける。」


「止まれ!」神崎の瞳に怒りが閃き、冷たい声で運転手に命じた。


車内の温度が一気に下がった。


「降りろ!」彼は怒りで声を荒げた。


ドアが閉まる瞬間、車はすぐに走り去った。玲子はまだ体勢を整える間もなく、冷たく硬い地面に叩きつけられた。


膝には焼けつくような痛みが走り、皮膚が擦りむけて血が滲む。しかし、体はすでに冷え切って感覚が麻痺し、痛みすら感じない。


人里離れた郊外の道路。時折、車が轟音とともに通り過ぎるだけ。前も後ろも何もなく、彼女はこれからどうやって帰ればいいのか――。


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