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第10話 無駄な助けを求めて


玲子は避けきれず、勢いよくぶつかられて体のバランスを失い、そのまま床に激しく倒れ込んだ。

「目が見えねぇのか?!俺の腕時計壊したらどうやって弁償するつもりだ!」

粗野で凶悪な声が頭上で炸裂する。足首に鋭い痛みが走り、玲子はすぐには立ち上がれなかった。

この声……どこかで聞いたことがある?痛みをこらえ、壁に手をつこうとするが、右足にはまったく力が入らない。

「ほぅ!お前かよ!」脂ぎった顔がぐっと近づいてきて、黄色い歯を剥き出しにし、玲子だと気づくと、その目に吐き気がするような嬉しさと下心が一気にあふれる。

山本だ!


水野玲子の心は一気に沈み、不吉な予感が胸をよぎった。反応する間もなく、太い腕が乱暴に彼女の腕をつかみ、無理やり床から引きずり上げた!足首と腕の激痛に目の前が真っ暗になる。

「離して!」玲子は必死に抵抗した。

山本茂はニヤリと笑い、下品な言葉を吐き捨てる。「何を気取ってんだよ?もちろん前回できなかった“いいこと”をしてやるさ!」そう言いながら、脂ぎった太い手が彼女の顔に伸びる。

「どけ!」玲子は鋭い声で怒鳴った。

「どけだと?このクソアマが!」山本は激昂し、思い切り平手打ちを食らわせた!

パシッ!という乾いた音が廊下に響き渡り、強烈な力で水野玲子は再び床に投げ出された。額が大理石の洗面台の角にぶつかり、目の前がくらくらする。

「藤原雅人でさえ、俺と会う時は丁重にするんだぞ。お前みたいな水商売の女が俺にどけなんて言いやがって!おかげで、あの男娼に五十万もタカられたんだぞ!このツケ、どうしてくれるんだ?!」山本は怒鳴りながら、玲子の髪をつかみ、またしても乱暴に引き上げる。

「やめて……」玲子は痛みで声が震えた。

周りにいた女性スタッフはすでに青ざめ、動くこともできずに固まっている。

助けを呼ぶこともできない。


絶望の涙がとうとう頬を伝ってこぼれ落ちた。激しい痛みと息苦しい恐怖が入り混じり、水野玲子の意識はだんだんと遠のいていく。

その時――


ドン!という重い音!

彼女を押さえつけていた力が突然消えた!続いて山本茂が豚のような悲鳴を上げ、肥満な体がドサリと床に倒れ込む。

眩しい照明をさえぎるように高身長の影が立ちはだかり、慎重に彼女を冷たい床から抱き上げた。

ぼんやりとした意識の中、近づいてきたその顔立ちにどこか見覚えがあり、水野玲子は無意識に手を伸ばし、指先で冷たい肌に触れながら、かすれた声でつぶやいた。

「航……なの?」

「藤原雅人だ。」落ち着いた声が訂正した。

徐々に視界がはっきりし、抱き上げているのが藤原だと分かった。水野玲子はもがいて降りようとする。

「藤原社長、もう大丈夫です。下ろしてください……」

「ほら、おとなしくしろ。」

藤原の腕はさらにきつく彼女を抱きしめ、その口調には逆らえない威圧感があった。

「てめぇ!誰だコラ!俺に手ぇ出しやがって!」山本茂は顔を押さえ、やっとのことで床から立ち上がるが、背丈は藤原の胸にも届かない。

藤原は嫌悪を込めてこの脂肪の塊を一瞥し、ほとんど何のためらいもなく、正確に相手の胸を蹴り上げた!

ドスッ!と音がして、山本は再び叫び声を上げながら吹き飛ばされた。

「藤原グループ、藤原雅人。文句があるなら、俺の弁護士に言え。」藤原は冷たくそう言い捨てると、玲子を抱えたまま背を向けて歩き出した。その後ろ姿は決然としていた。


「君のケガは病院で処置する必要がある。」玲子を助手席にそっと座らせ、藤原は車を発進させた。

「大丈夫です、病院には行かなくていいです。」玲子は足首の焼けつくような痛みに耐えながら、慌てて断った。急ぎの仕事が山積みで、これ以上時間を無駄にできなかった。

「プロジェクトは急がなくてもいい。時間は延長できるさ。」車は安定して走り出し、藤原雅人は横顔だけを向けて彼女を見た。眼鏡越しの視線は深く、何とも言えない複雑な感情が込められていて、まるで彼女越しに遠い誰かの影を見ているようだった。

かつて、幼い自分はレースのドレスを着て無邪気に笑うあの少女を守れなかった。

今、目の前のよく似た顔がまた傷つけられて……償いの衝動が彼の胸に湧き上がった。


総合病院に着くと、水野玲子の足首はすでに大きく腫れあがり、自力で歩くことはできなかった。藤原は再び彼女を抱き上げ、そのまま救急外来に向かう。

「藤原社長、これくらいのケガなら一人で何とかなります。これ以上ご迷惑をおかけできません。」玲子の声には、どこか距離を取ろうとする丁寧さがあった。彼の助けや送迎には感謝しているが、理由もなく増していく違和感が、どうしても距離を置きたくさせた。

「俺に帰ってほしいのか?」藤原は眉をわずかに上げ、彼女の心を簡単に見抜いた。

「私は……」水野玲子は言葉に詰まった。

「分かった。」藤原は自分のジャケットを脱ぎ、そっと彼女の上にかける。

「友達に電話しろ。彼女が来たら、俺は帰る。」

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