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第11話 心は粉々に…


西の城、西郊の邸宅街。

死んだように静まり返った部屋には明かりが灯っておらず、酒の匂いが広い空間の隅々まで染み渡っている。

闇の中、神崎はウイスキーをグラスごとにあおり続けていた。

シャツのボタンはいくつか乱暴に引きちぎられ、引き締まった胸元があらわになっている。否応なく、彼には女性を魅了するだけの資質があった。

彼は片手を上げ目元を覆い、指先がひんやりとした金属の指輪に触れる。それは決して高価な宝飾品ではなかったが、何年も前に玲子から贈られたものだった。

この数年間、まるで指に根付いたかのように、決して外したことはなかった。

指輪の冷や冷やした感触が皮膚を突き抜け、神経の先端まで響く気がした。

神崎はそっと目を閉じる。

記憶の中に、玲子が彼に指輪を渡した時の姿が鮮やかに蘇る。普通なら、彼らは交わるはずのない関係だった。

だが、彼女は特有の優しさと頑固さを携え、日々の些細な出来事の中で、静かに彼の世界へと入り込んできた。彼は気づかれぬように彼女を見守り、つい偶然を装って近づき、やがて一枚の愛人契約で彼女をしっかりと手元に繋ぎ止めてしまった。

思いもしなかった。時が経つほどに、彼女への興味は薄れるどころか、ますます強くなっていったのだ。

秘書の田中は、ドアの外でしばし躊躇した後、できるだけ静かにドアを開け、玄関の柔らかな小さな灯りだけをつけた。

「社長……」と彼は頭を下げて小声で呼びかける。

ソファの男は曖昧に返事をした。

「水野秘書がレストランで山本茂と遭遇し、怪我をしました。」

「……なんだと?」神崎はソファから勢いよく身を起こし、瞬時に凄まじい怒気をまとった。

よくもやってくれたな! 俺の庇護から出たばかりだというのに、もう自分の身を傷つけるとは!


総合病院の救急外来。

玲子はなかなか美羽を待つことができなかった。

代わりに現れたのは、神崎だった。

意識がぼんやりする中、彼女は顎を強く掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。目の前には、よく知った、しかし今は氷のような眼差しがあった。

玲子がまだ事態を飲み込めないうちに、そばに立っていた藤原は田中によって一歩前で制される。

「誰が怪我をしていいと言った?」神崎の声は低く、危険な響きを帯びていた。

冷ややかな顔を見て、玲子の鼻先がつんと熱くなるが、必死に気を強く持ち、言い返す。

「あなたこそ、ここに来て何の用?」

「どうした? 怪我した社員を見舞っちゃいけないのか?」

神崎は鋭い視線を藤原に向け、さらに玲子の肩にかけられた明らかに藤原のものと思しき上着を見て、目に険しさを増した。

「それとも、水野秘書にはもう心を許した相手がいて、俺には会いたくないってことか?」

玲子は必死に椅子から立ち上がった。医者からは安静を告げられていたが、神崎の前でだけは絶対に弱みを見せたくなかった。彼女の蒼白な顔が、神崎の胸をなぜか締め付ける。

「は…、調子に乗ってるのか?」彼は一歩迫り、威圧的な口調で続ける。「それとも、わざと俺に“連れて行かせて”ほしいのか?」


玲子は彼をよく知っている。この男の本質は狂気そのものだ!

「神崎航!」玲子は抑えた怒りを込めて言う。「私に用があるなら私に言いなさい。藤原社長を巻き込まないで!」

神崎の唇に冷笑が浮かぶ。

「そんなに心配か?」

「あなたは本当に最低よ!」

神崎はもう何も言わず、玲子の手首を掴もうとしたが、玲子は力いっぱい彼の手を振り払った。

彼は、自分の惨めな姿を見たいのだろう?

彼は、自分が苦しみもがくのを見たいのだろう?

いいだろう!

たっぷり見せてやる!

玲子は歯を食いしばり、怪我した足を引きずりながら、ふらふらと病院の出口へと歩き出した。わずか数十メートルが、全身の力を使い果たすほど遠く感じる。一歩ごとに針の上を歩くような激痛が走る。冷や汗が額を濡らし、顔色はさらに青白くなっていった。


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