言葉は異様にすらすらと出てきた。
玲子は自分がとっくに忘れていたと思っていたが、あの細かい記憶が勝手に浮かんでくる。
そうだ、完全に消し去るなんてできるはずがない。
彼女は少しの間黙りこみ、顔をよぎった不自然さを沈黙で隠した。
高橋円は深く考えず、素早くメモを取り、さらに玲子にお辞儀をした。
「ありがとうございます、玲子先輩。」
玲子は疲れたように首を振った。
ようやく彼女を送り出すことができた。
その夜、玲子は藤原雅人と約束の場に向かった。
席の途中、雅人は用事で先に帰り、玲子だけが残された。
幸いにも、結果はまずまずだった。
だが、彼女は大量に酒を飲まされ、席を立つ頃には頭が重く、意識もぼんやりしていた。
「お姉さん、ちょっと遊ばない?」道端でタバコを吸っていた数人の不良が、彼女の行く手を塞いだ。
玲子はふらつきながら後ずさる。普段なら、多少はうまく立ち回れるのに。
だが今の彼女には、携帯を出して警察に連絡する力すら残っていなかった。
危険の予感が全身を包む。
「来ないで……」彼女は強く言おうとしたが、声は弱々しかった。
「お姉さん、俺たちが優しくしてやるよ~」不良たちはいやらしく笑いながら近づいてくる。
一人が手を伸ばしかけた、その瞬間——
鋭い飛び蹴りが顔面に直撃!
「うわぁっ——!」その男は悲鳴を上げ、鼻血が噴き出して襟元を真っ赤に染めた。
玲子は重いまぶたを必死にこじ開け、警戒を解かずにいた。
「お前ら、この九条様を知らねぇのか?」九条景は数枚の札を不良たちの顔に投げつけ、治療代として押しつけた。もう無駄な言葉もなかった。
その威圧感に不良たちは怯み、金を拾って逃げ去った。
景はつま先で向きを変え、興味深そうな視線をよろめく玲子に落とした。
「これで会うの三回目、うち二回は俺が助けてやったな。」手をパンパン叩き、口元に満足げな笑みを浮かべる。「ふふっ、縁があるってやつだ。」
彼は玲子をホテルの入口まで連れて行った。
「彼女か?」九条家の長男、九条拓哉が、酔いつぶれて意識のない玲子を見て尋ねた。
景は首を振り、わざとらしくミステリアスに言った。「今、口説き中なんだ!兄貴、今夜の会食は俺、行けないから。」
拓哉は玲子を一瞥し、弟に視線を戻す。「ダメだ。」
今夜の会食は極めて重要で、会社の重役たちも来ている。弟の景の役目は、兄である自分の側に立ち、必要なら酒を断る盾になることだった。
だが景はそんなことお構いなし。「兄貴、恋路を邪魔するとバチが当たるぜ!もしかしたら今夜が運命の夜かもよ?」言い終わらぬうちに、玲子を支えながらさっさと背を向けて去っていく。
まるで我がままなドラ息子そのものだ。
「まったく、役立たずめ……」拓哉は弟のせっかちな後ろ姿を見つめ、冷たい声で呟いた。
景は酔いつぶれた玲子を背負い、もうどこにも行けないので、近くのホテルに部屋を取って彼女を休ませた。
「これも俺様からのお礼ってことで。」ベッドに玲子を横たえる。
玲子は反応せず、寝返りを打ってさらに眠り込んだ。
景は数秒間、彼女をじっと見つめた。
「ふん、」自分は紳士だから人の弱みに付け込まない、と心の中で誓う。「こんなに可愛いなら、絡まれるのも無理ないな。」
手持ち無沙汰にホテルの備え付けの本をぱらぱらめくり、部屋の中を隅々まで見渡した。
最後には、ベッドの反対側に倒れ込むようにして、深い眠りについた。