神崎航は彼女を一瞥した。
玲子は「自分に損をさせない」主義に従い、結局箸を手に取った。
彼女は黙々と食事に集中した。
航も当然、自分から話しかけようとはしなかった。
無理に話題を探すことがなくなって、玲子の耳はむしろ静かになった。
彼女が真剣に食べていると、航はさりげなく席を移動し、彼女の隣に座った。
玲子は警戒して体をそらし、眉をひそめて言った。
「何のつもり?」
航が何かに刺激を受けたのか、あるいは未練があるのか、そんなことは彼女には関係なかった。彼女が願うのは、ただこの人が自分から離れてくれることだけだった。
「君、高橋円に話しただろう。」航が口を開き、あの生活習慣のことを指した。
玲子はそっけなく鼻を鳴らした。
「向こうが私に聞きに来たんです。あなたの新しい秘書、なかなかしつこいですよ。」
後半は意味深で、皮肉が隠しきれない口調だった。
航はとぼけたふりをしながら、逆に話題を彼女に戻した。
「全部覚えてるのか?」
「仕事ですから。」玲子は口の端を引き、彼が自惚れるかと思った。
だが、航はその一言の後、話を続けなかった。
過去に触れる話題は、いつも重くなる。玲子も沈黙を選んだ。
静かに食事を終え、玲子は航があっさり自分を解放してくれたことに驚いた。彼が去った後、彼女はむしろ気楽だった。
会計に行くと、航がすでに支払いを済ませていた。
翌日――
「もしもし?こっちが忙しいですよ!乗馬クラブですって?あなたはただ遊んでばかりいられるかもしれませんが、私は普通の平社員ですから、そんな暇はありません!」
玲子は仕事中に電話を取り、最初はクライアントからだと思っていたが、想像に反して九条景からの誘いだった。
もっとも、驚くほどでもなかった。
前回彼がまた「助けて」くれて以来、どういうわけか、この数日で十数回も電話がかかってきた。話の内容はどれもくだらない雑談ばかり。
「おい!ちゃんと俺にお礼してないだろ!今こそ恩返しの時だ!」
景の方からは風の音が唸っていて、玲子は彼がドライブ中だと察した。
まるで住む世界が違う人。
玲子は呆れて首を振り、きっぱり断った。
「あなたの友達とは面識ありませんし、私、乗馬なんてできません。」
「俺が直々に教えてやる!俺についてくればいい。友達なんか関係ない!」
景は「ああ、もう」と何度か言ってから、玲子を説得しにかかった。
「俺の友達はみんな金持ちの息子ばかりだぞ。仕事のプロジェクト足りてないんだろ?今度紹介してやるから!」
「結構です。」
玲子は動じなかった。
「じゃあ、もし断るなら――」景は切り札を出した。「毎日君の会社に花を届けるぞ!」
玲子はさらに頭を抱えた。だが、確かにプロジェクトは不足している。少し舌打ちしてから、妥協した。
「何時?」
乗馬クラブはゴルフ場と隣接し、広大な敷地で、郊外の辺鄙な場所にあった。
玲子が景の車で到着すると、すでに何組かの男女が待っていた。
「おっ、九条様はまた新人連れてきたの?」
「彼女、すごく美人じゃん!」
彼らはソファ椅子にだらしなく腰掛け、そばにいる女性たちは皆きらびやかだった。
玲子はこの時初めて、景の意図を察した。全く、応じるべきじゃなかったと思った。彼女は本当に気まずかった。
「どいてどいて!」
景は友人たちとふざけ合いながら、玲子を連れて他の人を押しのけて席についた。
「私は……」
彼の彼女じゃない。後半は口にしなかったが、景は玲子を勢いよく席に押し込んだ。
玲子は彼を横目で見た。はっきりさせれば景の顔を潰す。かといって黙っていれば誤解を生む。
やりづらい。