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第2話 その少女は不完全につき

 魔獣と対抗する力を求めにやって来たアランたちは、祭壇で呆然とさせられた。


「これ、偽物っていうオチはありうるか?」


「さすがに無いんじゃないかな……。簡単に立ち入れない場所だし、そもそも厳重に封じてたんだから。本物だと思うよ」 


 2人は改めてソフィアの風貌を眺めた。澄んだ湖面のような青い髪がアゴ先まで覆い、瞳も同じ青。純白のローブに、意匠の細やかな腰ベルト。髪の短さ、それと妙に幼い事に目を瞑れば、絵画や歴史書で見る宝珠の化身そのものだった。


 そのソフィアはというと、眠たげに宙をただよっていた。どこか、塀の上で寝転ぶ野良猫を彷彿とさせる。


「どうだデニス。お前が待ち望んだソフィア様は」


「正直驚いたね。でも何というか、これはこれで良いよ」


「そういう癖(へき)があったのか。まさかお前が、ガキみたいな女が好きだったとはな」


「いや違うよ!? 下世話な話じゃなくて、こう……見ていると心が洗われるというか、いつまでも眺めていられるというかね?」


「やめとけ。喋るほどに墓穴が深くなってる」


 ソフィアは、そんな会話など聞いていないのか、大きなアクビをさらした。そして「もうちょい寝る〜〜」と告げては、光の粒となって消えた。


 その光は宝珠に吸い込まれて、見えなくなる。


「さて、どうしたものか……」


「どうするって言われても、ここに置いてはいけないよね」


「持って帰ろう。判断はお偉いさんに任せる。オレにはもう分からん」


 台座の宝珠を回収して、すぐさま帰路についた。洞窟を出て空を見上げる。漆黒の中、白く煌めく照明魔法が等間隔に連なるのが見えた。帰還ルートだった。


「急ぐぞ。照明が切れたら厄介だ」


 アランは足元に魔術語(ルーン)を描き、魔力(アニマ)を注入し、唱えた。


「エアスライド」


 すると透明の板が生まれ、飛び乗れば強い推進力を受けた。その力で飛翔する。全身に黒い風を浴びながら飛び立った。


 世界を空から見下ろすと分かる。どこもかしこも無明の闇だ。この照明魔法は、簡易的な灯台で、安全に飛行するための物だった。


(宝珠を手に入れたは良いが……これが役に立つのか?)


 この途方もない闇を前にすると、何もかもが無力に感じられる。空にも大地にも光など見えない。あるとすればただ1つ――彼らの住まう街だけだ。


 漆黒の闇の中で、唯一光り輝く城塞都市アースヒル。その上空に辿り着いた。アランは安堵すると同時に、得も言われぬ不安に襲われてしまう。


 まるで洞窟に取り残された松明のように、ポツリと闇に佇んでいる。その光景はいつ見ても寒気と陰鬱さを与えるものだった。


 その街の中央に、古めかしい石造りの施設がある。アランたちはそこへ目掛けて急降下した。彼らの所属する魔術院だ。


「腹が減ったな。食堂――の前に報告だろうな」


 魔術院の広大な敷地を歩き、本棟へと赴く。するとそこで、馴染みの顔と出くわした。


「アラン君、デニス君、ちょうど良いところに」


 長い金髪をひとつ結びにする妙齢の女術士、アナスタシアだ。小脇に羊皮紙の束を抱えながら、アランのもとに歩み寄った。


「ミールデン院長が呼んでたわよ。無事に帰還したなら来てくれって。怪我してたら治療を優先で良いらしいけど」


 そこまで聞いたアランは、急に脇腹を押さえだした。


「いっ、いてて。激しい戦闘の果てにダメージが。デニスなんて明日をも知れぬ重体かもしれねぇ!」


「えっ、僕も!?」


「はいはい、今回も無事だったのね。じゃあよろしく〜〜」


「年寄りの長話かよ……せめてメシを食ってからにしてぇな」


「遅かったわね。院長が見てるわよ」


 アナスタシアが見上げながら言った。そちらでは、窓の向こうで白髪頭の男が手を振っていた。もはや誤魔化しは通用しない。


 諦めたアランはデニスとともに、本棟に赴いた。その3階に院長室はある。


 訪うと、ミールデン院長が穏やかな笑みで迎えてくれた。彼にマントはなく、濃紺のジャケットにズボンという内勤者の装いだった。アランたちは魔防マント、そして同じ素材のマスクを、丸めて小脇に抱えている。


「大変な任務のあとに呼び出して済まないね。さぁ、寛いでくれたまえ」


 来客用テーブルには人数分の紅茶が湯気をたてていた。大皿には、砂糖漬けのナッツに、新鮮なカットフルーツも盛り付けられている。


 アランは牛革のソファに堂々と座ると、手づかみにしたナッツを口に放り込んだ。恐縮してちんまりと腰掛けるデニスとは対象的に。


「さて、早速だが、宝珠はどうなったかね?」


「持ち帰りましたよ。まぁ、問題はありましたが」


「見せてくれないか」


 アランは、腰の袋から宝珠を取り出し、卓上に置いた。


 豪華絢爛な金細工。青く大きな宝玉が埋まるもので、成り金趣味の人間なら垂涎ものの装飾品だった。


 ミールデンは、しげしげと眺めた。その視線は優しく、まるで老父が孫を見守るのと似ていた。


「形状は伝え聞くとおり、そして放たれる魔力も独特だ。ソフィアの宝珠に相違ないね」


「やっぱり……何かの間違いであって欲しかった……」


「どうかしたのかい? 大手柄を喜ばないだなんて。表彰ものの戦果だよ」


「その、理由があってですね、ええと……」


 アランが言い淀んでは、宝珠を見つめた。


 するとその青い宝玉から、突然人間の頭が飛び出した。そして天真爛漫にケタケタと笑い出す。


「あっ、オヤツ食べてる! 私にもチョーダイ!」


 あまりにも唐突の登場だ。アランは激しくむせて、デニスはソファから転げ落ちた。ミールデンも眼を見開きつつ、背もたれにしがみついてしまう。


「ソフィアこの野郎! 急に出てくんじゃねぇ!」


 ソフィアは叱られても全く響いていない。頭だけ出したままで「見て見て、なまくび〜〜呪っちゃうぞ〜〜」とおどけた。


 アランは改めて咳払いをして、ミールデンに告げた。


「こういう事です院長。甦ったは良いのですが、なぜか幼児退行してまして」


「ふむ……なるほどね」


 ミールデンは静かに唸りつつ、ソフィアを眺めた。そのソフィアはすでに飛び出し、果物にかじりついている。輪切りレモンの酸っぱさに口を強くすぼめていた。


「魔力はどうだろうね。見た目が子供でも、強ければ問題ないわけだし」


「確認していません。振る舞いがあまりにも幼く、実力も相応だろうと判断しました」


「決めつけは良くないよ。人は見かけによらないと言うしね」


 ミールデンは、ソフィアに向き直り、尋ねた。


「やぁソフィア。ちょっとお爺の話に付き合ってくれるかな?」


「んん、いいよ〜〜」


「君はもっと大人だった気がするんだけど、違うかな?」


「えっとねぇ、こっちの方がいいな〜〜って思ったの」


「それはどうして?」


「うう〜〜ん、忘れちゃった!」


「そうかい、教えてくれてありがとうね。もう一つだけ聞きたいんだけども」ミールデンは微笑みを絶やさずに続けた。対するソフィアも、カットフルーツに食らいつきながら応じた。


「君の魔術を見てみたいんだけど、どうだい?」


「魔術ってどうやるの?」


「やり方は君の方が詳しいと思うな。今からすっごい昔に、君はたくさんの魔獣を倒したんだよ」


「んん〜〜覚えてない〜〜」


「わかったよ、こんな風に文字を描いて、力をウン〜〜と入れてもらえるかな?」


 ミールデンは戸棚から魔術書を取り出した。そして開いたページを見せつける。小首を傾げつつ眺めたソフィアは、たどたどしくルーンを描く。続けて申し訳程度のアニマを注ぎ込んだ。


 ぽすん――と煙が出た。初歩的な火の魔術でさえ、発動させる事が出来なかった。


 これはダメそう。ソフィアを除く全員がそんな表情を浮かべていた。


「院長、見かけ通りです。物の役に立ちません」


「しかしね。彼女は数多の魔獣と対抗し、そして葬ったと、様々な資料に残されているんだよ。真の実力を発揮すれば、我々など足元にも及ばんはずだ」


「子供と大差ありません。初級ですら失敗するんですから」


「弱いならば、育てたらいいよ」


「育てる……?」


 聞き返すアランに、院長はうなずいた。


「魔術を教え込み、鍛えたなら、かつての力を取り戻せるかもしれない。その可能性は大いに有り得ると思うんだ」


「ちゃんと育つ保証なんてありませんが」


「ダメならば、そのときは諦めようじゃないか。我ら人類はこの街をひた守り、暗闇の中で生涯を閉じるのだと」


 ミールデンは立ち上がり、窓辺に寄った。見上げた空は真夜中のように暗いが、まだ日中だ。漆黒の風が空を覆い隠し、太陽すら陰らせてしまうからだ。


 アースヒルの住民たちは、かれこれ10年以上、闇の中で暮らしている。


「アラン君。我らの魔術が進歩したといえど、魔獣と対抗するのがやっとだ。この途方もない闇を払い、青空を取り戻すことは、今の技術では不可能だ」


「ソフィアならば、それが出来ると?」


「文献には、不思議な力で闇を封じ込めた――とある」


「初歩魔術すら扱えない子供です」


「これから育てるのだよ、君がね」


「オレが!?」思わずアランは腰を浮かしてしまった。


「どうせ教え込むなら、筆頭魔術士たる君の手ほどきが良いだろう。適任だと思う」


 ミールデンの視線が隣に移った。


「デニス君は、魔術具に詳しかったかな。アラン君のサポートをお願いしたい」


 その返答はあまりにも早かった。


「お任せください院長! 僕とアランが手を組めば、ソフィアを最高の女性に育て上げてみせましょう! 期待しててくださいね!」


「うん、まぁ、やる気はあるようだね……」


 目を輝かせて即答するデニス。その脇をアランは肘で突付いた。


「お前、なに勝手に決めてんだよ」


「これは君のためでもあるんだよ。ソフィアを育てる事で彼女の相棒になるんだ、そうしたら君の願望も実現しやすくなると思うよ」


「魔獣くらいオレ1人でも倒せる」


「倒せはしても、殲滅まではできないだろう? 殺したと思っても、また別の個体が立ちはだかる。魔獣の生態は謎に包まれてるんだ。それを解明するのにソフィアは役立つんじゃないかな」


「それは希望的観測だろ。ろくな保証がない」


「そうかもしれない。でも、やって損はないさ。君はソフィアの能力を借りて謎を追求し、その傍らで僕はソフィアの活躍を特等席で眺めるのさ。あぁ、想像するだけでトロけそうだよ……」


「結局お前の私利私欲かよ」


 唾棄したくなったアランだが、デニスの言葉にも一理あると感じていた。それほどに手を焼いているのは事実だ。


 魔獣は闇の中から現れては消え、倒してもキリがないという状況だった。敵の実態を掴むには新たな能力が求められる。それが宝珠の力だとしたら――この話は悪くないと言えた。


「わかりましたよ院長。やれるだけやってみます」


「おお、引き受けてくれるかい。期待してるよ」


 アランは続けてソフィアに目を向けた。


「ソフィア、話は聞いたな? これからお前をビシバシ教育してやるから、覚悟しておけ――」


 するとソフィアは顔を持ち上げたが、両目を一口サイズのオレンジの皮で隠していた。


「見て見て〜〜お目々が黄色くなっちゃった〜〜」


 やっぱりダメそう――。アランは本日2度目の石化を味わった。


 それでも彼の手による教育は、この日を境に始まった。この時点ですでに安請け合いを後悔していたが、すでに運命の歯車は回りだしていた。 




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