「…って…待って、ジークグリード様!」
そんな叫び声をと共に飛び起きた少女が1人。その名はユリアーナ。断頭台の上で処刑された彼女だった。
「…っ…ここは?」
飛び起きたままの状態で周りを見渡し、ここが見覚えのある場所だと気付いた。そして、己の手を見て
「すす汚れてる…それにこの手の傷…私、本当に生き返ったのね…」
小さく呟いた。指先はあかぎれてカサついているし、爪もボロボロだった。
「竜の加護の紋様。これ…以前のモノとは違う気がするわ…」
ユリアーナは自分の手の甲を見て呟く。薄っすらと浮かび上がる紋様は見覚えのあるものと少しだけ違う気がした。
「そうだ、今は一体いつなのかしら?私は何時の時代に…いえ、何歳の頃に戻ったのかしら?」
部屋の中を見渡すが、この場所に今がいつなのかわかるものもなく、自分が何歳なのかを確かめる術はなかった。
「そうだったわ…ここは屋根裏部屋だわ。この場所にいたのは確か16歳になるまでだわ。でも…えっと…何歳からここにいたんだったかしら?」
ユリアーナはう~んと考えるが、自分が何歳からこの場所に閉じ込められたのか思い出せなかった。
「ダメだわ、思い出せない。でも、今が朝なのか夜なのかだけは確認できるわね」
屋根裏部屋にある小さな天窓から見える空にはキラリと星が輝いていた。空はまだ暗く、星も輝いているので、日が昇るまでだた時間が掛かるのだけはわかった。ユリアーナにとって、この部屋で過ごす時間は小さな天窓から見える空を眺めるのが唯一の楽しみだった。
「ジークグリード様、私はもう一度トール様に会えるのでしょうか?」
ユリアーナは己の手に刻まれた紋様に触れながら呟く。前世では決して仲睦まじいと言える関係ではなかった。けれど、トールが冷たかったとか、相手にされなかったというわけではない。夫婦としての最低限の関係はあったし、それなりに絆もあったと思っている。
それに、あの時、確かにトールの呼ぶ声が聞こえた気がしたのだ。首が切り落されるあの瞬間に自分の名を呼ぶトールの叫び声を聞いた気がしたのだ。
ユリアーナはトールのことが好きだった。トールに面と向かって伝えることは出来なかったが、それでもちゃんとトールのことを慕っていたのだ。
あの日、妹や皇子に唆され、騙されなければ、もっと一緒にいられたはずなのだ。死ぬことだってなかったのだ。
「そうよ、私には前世の記憶があるわ、それをうまいこと使えば同じことは起きないはずよ、それに、ジークグリード様が言ってたやってもらいたいこともやらないと…まずは、作戦をたてないと…って、この部屋には書くモノさえなかったわ」
ユリアーナは意気込んで自分なりの作戦をたてようとしてみるものの、この場所には書くものなどなかった。この部屋に閉じ込められ、1日一食、冷めたスープやカビた様なパンを与えられるだけだったのだ。
竜の加護の紋様が手の甲に出たあの日からユリアーナはこの薄暗い屋根部屋に閉じ込められ、暴力などをふるわれ続けてきたのだ。
その理由はこの国にあった。この国は竜を忌み嫌う国。この国では竜は人々を襲う魔物と何ら変わりない存在だった。そんな国で、竜の加護を突然、受けたとなれば、呪いだと騒がれ、忌み子として扱われ、その存在を忘れ去られるのだ。忌み子は何をやってもいいと言わんばかりに暴力をふるい、食事もまともに与えず、1日中、薄暗い部屋の中に閉じ込めているのだ。
「…私の人生って…メチャメチャだったのね…」
自分の生い立ちを思い出しながら客観的にそんなことを思った。そう思えるようになったのはきっと、トールと一緒にいたおかげだろう。仲睦まじい関係ではなかったけれど、傍にいたメイドや執事、騎士などとも良好な関係を築けていた。それこそ、無知だったユリアーナを叱り育ててくれたような人たちが多かったのだ。それはトールもだった。
「うん、取り合えず、作戦は明日にしましょう。明日にならないと今の状況がわからないもの。きっと大丈夫、またトール様やジークグリード様に会えるわ。それにみんなとも…」
ユリアーナは両手を組み、天窓から見える空に向かって、もう一度トールとジークグリードに会えることを願ってたった1枚の薄い布切れに身を包みそっと目を閉じた。
夢の中で会えるといいなと思いながら…