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第5話 燃ゆる愛の告白

 血の臭いや、死体が焦げる匂いがする、灰色の中心地で、私は呆然としながら呟いた。


「これで……。終わったんですね……」


 そんな私の隣には、愛しき主君、アッシュ様が立っている。


「あぁ。もうお前を傷つける者はいなくなった」


 強欲なルナは、ミミックに喰われて死んだ。

 怠け者のセインは、キリギリスの姿になって焼死した。

 あまりのんびりし過ぎていると、ラーテラス王国軍の本隊が来るかもしれないが、今しばらくは大丈夫だろう。突然の魔王復活に浮き足立っていると考えていい。

 命の危機が去り、心を落ち着かせていたら──羞恥心が蘇ってきた。


(えぇっと? 私はアッシュ様への恋文を書き溜めていて? ハルトは私への恋文を書き溜めていて? ハルトはアッシュ様の転生体で? これって両想い? 両片想い?)


 顔を赤くする私に、アッシュ様が話しかける。


「なぁ、リース」

「はっ、はひっ! なんでございましょう!?」


 サッと慌てて、私はアッシュ様に跪いた。


「どちらが良いか答えてくれ」

「ど、どのような二択で……?」


 私が聞き返すと、アッシュ様は信じられないことを仰られた。


「俺はお前に愛の告白をしようと思っているのだが」

「あ、あ、あ……愛の告白っ!?」


 あのアッシュ様が!?

 尊き偉大なる魔王アッシュ様が!?

 わわわ……私に、愛の告白!?


「魔王アッシュ・グランバルトの姿で告白すべきか? それとも少年執事ハルトの姿で告白すべきか? どうせならお前が一番喜ぶ方法で告白したい。どちらがよい?」

「そそそ……。それは……その……!」


 落ち着いて! 落ち着いて考えよう!

 私が愛したのはアッシュ様だから、アッシュ様と答えるべき!?

 でもでもでも! 私を愛したのはハルトだから、ハルトの姿での告白こそがアッシュ様の本心や真心に近い!?

 でもアッシュ様は何があっても結局はアッシュ様だし!?

 でもでもでも! 別にハルトのことだって十分過ぎるほど好きで、今まで異性としては見ていなかったけど異性として見ても十分魅力的な男の子で……。


 顔の血液を沸騰させながら、しばし考える。考えに考えた結果、私はとんでもないことを口走った。


「りょ……両方……」


 ああああああああ! 私は何を言っているんだ!? 選べと命じられたのに選べないだなんて! 何たる不敬! 何たる冒涜!

 しかしアッシュ様は、寛大な御方だった……。


「フッ……。面白いことを言うな。片方は炎で作った分身になってしまうが、それで良ければ叶えてやろう」

「えっ……!?」


 アッシュ様が地面に手をかざすと、子供の身体が入る程度の炎が燃え上がる。

 やがてその炎は、短い茶髪に、クリっとした紅い眼をした少年執事──ハルトの姿になった。


「リース。命令だ、立て」


 アッシュ様にそう言われ、私は恐る恐る立ち上がる。

 それと入れ替わるように、逆にアッシュ様とハルトが、私に跪いた。


「アッシュ様!? ハルト!?」


 私が混乱している間に、アッシュ様は口を開いた。


「我が騎士リース。お前の恋心に気づいてやれなかったこと、主君として恥ずかしく思う。お前が公爵令嬢として生きる道を一度選んだからこそ、俺の転生体・ハルトは救われた。お前ほど強く美しい心を持ち、我が正室に相応しい女性は他にいない。我が妻、我が正室となってくれ」

「あ、あわわわわ……」


 私は夢でも見ているのか!?

 愛しきアッシュ様が! 誇り高き魔王アッシュ様が! 私に跪いて愛の告白をなさっている!?

 だがそれだけでは終わらず、ハルトが口を開く。


「リズお嬢様。行き倒れになった僕を救って下さった御恩は、一生忘れません。語学や算術や武芸……執事として生きて働く為に授けて下さった愛と知識は、この身が魔王アッシュ・グランバルトとなっても消えるものではありません。共に過ごした中で、秘密の恋文をしたためるほどに抱いた恋慕も。この身に宿る、魔王として、執事として、男としての力を全て用いて、貴女を幸せにしてみせます。僕のお嫁さんになってください」

「ふぇ……ふぇええええええっ!」


 か、可愛さと逞しさとカッコ良さが絶妙に混じりあって……! う、嬉し過ぎる……っ!! こんな素敵な男の子が、私に一生懸命愛の告白をしてくれて、しかもその正体が魔王アッシュ様だなんて! そんなことが許されていいのか!?

 こんなの、こんなのって……答えはもう決まっている!


「よ……喜んで!!」 身体が燃え上がってしまうより早く! そんな思いで、私は返事をした。 するとアッシュ様とハルトは、満足げな笑みを浮かべた。

「……礼を言う。我が騎士リース」

「……ありがとうございます。リズお嬢様」


 二人はそう言うと立ち上がり、アッシュ様が私の右手を、ハルトが私の左手を握った。……恋人繋ぎで。

 さ、さすが魔王アッシュ様が作った分身だ……。手で触れることができるなんて……。

 アッシュ様が歩き出しながら、私の右側で話す。


「さて、ラーテラス王国軍が来る前に、ハネムーンと洒落込もうか。ついでに新居も決めねばな」

「ハネムーン!? 新居!?」

「海がよいか? 山がよいか? 俺の力が戻るまで隠遁生活をするなら、山や森のほうがよいかもしれぬな」


 あわわわわ……。ひ、一つ屋根の下……。憧れのアッシュ様との同棲生活が始まるのか……!? 家の何処からでもアッシュ様のお声を聞くことができて、夫としてのアッシュ様のご尊顔を拝見することができる生活……。そんなの最高すぎる……。

 すると今度は左側でハルトが話す。ハルトも当然歩き出している。


「楽しみですね、新婚生活。子どもも作ってしまいましょうか。魔王アッシュが全盛期の力を取り戻すまで、あと20年かかりますからね」

「あわわわわ……。は、ハルトと私で『そういうこと』をするのは、犯罪では……?」


 いや、アッシュ様と同一人物と考えればどっちでもセーフ? それともどっちでもアウトか??

 ハルトの小さく可愛らしい身体を、私が抱きしめたり……。 逆に大きく逞しいアッシュ様の肢体が、私を抱きしめたり……。

 あぁ……。アッシュ様の美声とハルトの可愛らしい声が交互に左右から聴こえる……。そんな中でこんな空想に耽るだなんて……幸せ過ぎる……。

 ハルト。アッシュ様。私は今、最高に幸せです……。


「なに。今さら犯罪がどうのと気にするな。ところで、他の四天王も転生しているかもしれぬな。俺達の愛の証を、他の四天王に見せつけるのが楽しみだ」

「魔王アッシュの炎で再び世界を焼くかどうかも見極めないといけませんね。たまたまラーチラスの王子が腐ってただけかもしれませんし」

「あはは……。わ、私、頑張りますから! 配下たる女騎士としても! 妻たる女としても!」


 私は魔王アッシュ様と、少年執事ハルトに手を取られて歩んでいく。顔を燃えるように真っ赤に染めながら。


 ──この後、アッシュ様との新婚生活が始まったり、転生した四天王や勇者と再会したりする訳なのだが……。

 ──それらの話は、また別の機会に話そうと思う……。




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