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第4話 強欲な娘と怠け者の王子の末路

 セインとルナが、ボロ雑巾のように投げ捨てられた。先ほどまでの戦場におけるアッシュ様と私の大立ち回りを見ていた二人は、ガタガタと震えるばかりだ。

 アッシュ様がお告げになった。


「命乞いをしろ。どちらからでもよい。うまく命乞いできれば、俺の怒りの炎が消えるかもしれぬぞ? 火に油を注ぐ結果になる可能性もあるがな」


 セインとルナは顔を見合わせる。しばし沈黙が続いたが、先にそれを破ったのはルナだった。


「ほ……欲しいと思う気持ちは……。そんなに悪いこと……なの……ですかね」


 人のご機嫌を慎重に伺うルナの声なんて久しぶりに聞いたな……。


「美味しいパンが……目の前にあったら……。誰だって、食べたくなりますわよねぇ……? 我慢……出来なくって……。宝石も……アクセサリーも……カッコよくて……高貴な……セイン様も……。欲しくて、欲しくて……つい……。ましてや……私……。リズお姉様に……。学問でも……テーブルマナーでも……勝ち目が……なくってぇ……」

「……はははっ」


 ルナの言い訳を聞いたアッシュ様は、乾いた笑い声を出した。ルナの表情がパッと明るくなる。


「お気に召しましたかっ?」

「あぁ。16歳の公爵令嬢の浅ましさが犬以下というのは、中々面白い。犬でも『待て』ぐらいは出来るものだが? まぁ、犬は人の金庫など勝手に開けないが」


 ルナの顔から、サーッと血の気が引いた。

 アッシュ様が言う。


「そんな顔をするな。その面白さを讃え、褒美をくれてやろう」


 アッシュ様が不意に地面で炎を燃やす。炎の中から、木製の宝箱が1つ現れた。模様として、深海のような青色の三日月と、血のように赤い十字が描かれている。


「開けるといい」

「あ、ありがとうございます!」


 再びパッと表情に明るさを灯したルナは、宝箱を開けた──次の瞬間だった。

 宝箱の中から巨大な舌が現れ、上蓋からギザギザの歯が生える。


「えっ──? ギャッ──」


 ルナは宝箱に丸呑みされた。いや、厳密には宝箱ではなく、魔物の一種、ミミックに食われたのだ。さほど強い魔物ではないので、魔王アッシュ様ならその場で生み出せる魔物だ。

 青い三日月と赤い十字が描かれた宝箱は、高確率でミミック。普通に図鑑に載っている知識なのに。学問の努力を怠るからこうなるのだ。

 グチャグチャと、肉を咀嚼する音と、バキボキと、骨を噛み砕く音が響く。最後にミミックは、小さくゲップをした。

 何とも呆気ない、強欲な女、ルナの最期だった──。


「ひぃ……。ひぃぃぃぃいいいい……!!」


 私とアッシュ様は、ミミックが食事をする音など聞き慣れているが、セインはそうではないらしい。小便を漏らして怯えていた。

 アッシュ様が訊ねた。


「セイン。お前は命乞いをしないのか? しないならしないで殺すだけだぞ。魔王アッシュ・グランバルト自慢の配下を火あぶりにして殺そうとするとは、良い度胸をしている」


 するとセインは、やっと意味のある言葉を紡いだ。


「ま、まま……魔王様に、忠誠を誓います!」

「ほう……?」

「ラーテラス王国の全てを、貴方に差し出します! 国宝も、領土も、領民も……全てです! たっ、戦ってラーテラス王国を……手に入れたり滅ぼしたりするよりは……。オレを傀儡に……操り人形にした方が……効率いいんじゃないですかねぇ……? 復活したばっかりで……手駒も少ないでしょう……?」

「ふむ……。一理あるが……」


 アッシュ様は私を見やって訊ねた。


「リース。コイツは役に立つのか? ハルトとして過ごした記憶から考える限りは、役に立ちそうにないぞ」


 私は「はぁ……」と溜め息をついてから答えた。


「役に立ちませんよ」

「やはりそうか」


 セインが「ハァ!?」と声を上げて抗議するが、それに構わず私は話を続けた。


「セインはまるで努力をしない人でして。教師から与えられた課題も、全然やらないんです。やらなかった言い訳に仮病を使ったのは一度や二度じゃないです」


 アリバイ工作や代理で課題をやることを頼まれたこともあるが、それらは今まで全部断ってきた。


「武芸も私なりに精一杯教えたつもりなのですが……。自主練習をしないのは当然として、ウソの公務をでっち上げて訓練の約束をすっぽかしたり、訓練の約束を忘れて女の子とデートしたり男の子とフットボールをしたり。フットボールの才能はあるようですが、才能にかまけて下手な男の子を苛めることもしばしば。例え配下にしても、可愛い女の子目当てに平気で裏切るでしょうね」


 ここまで言っても、まだセインは諦めていないようだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ラーテラス王国の全てが……。国宝も、領土も、領民も、手に入るんだぞ!? オレってさぁ! けっこう優良物件じゃないかなぁ!?」


 私は呆れながら答えた。


「国宝も、領土も、領民も、貴方の御先祖様が精一杯の努力によって保全してきたものでしょう? 自分の魅力の一部みたいな言い方をしないでください。だいたい我が身可愛さに平気で国を売ろうとするなんて最低です。それを認めてしまったら、前世の因縁を断ち切って公爵令嬢として生きるか、前世の想いを優先して今世での愛国心や家族を裏切るかで迷った私がバカみたいじゃないですか」


 更にアッシュ様が追い討ちをかけた。


「領民をモノのように扱うのも気に食わん。愛国心を持たない王族の下で、領民が幸せに生きていけるとは思えん。やはり殺しておくか」


 セインはしかし、汗をダラダラ流して願い出る。


「そそそ……そこを何とか! どうか命だけはお助けを! お願いします! お願いします!」


 アッシュ様は呆れながら問う。


「お前の長所は、怠け癖と脚力ということでいいのか?」

「もうそれでいいですから! 助けてください!」

「どんな試練にも耐えるか?」

「命さえ助かるなら耐えてみせます! どうか試練を課して下さい!」


 アッシュ様は溜め息をついてから告げた。


「……一度だけチャンスをやろう」

「ありがとうございます! 魔王様!」


 セインが頭を地面に擦り付けるほど、人に頭を下げるなんて……。死に瀕すれば人は変わるものなのだろうか……。

 そんなセインの頭に、アッシュ様は手を当てた。そしてセインの身体に呪いをかけていく。

 セインの身体が、黒い靄に覆われていく……。

 靄が晴れると、そこには一匹のキリギリスがいた。

 アッシュ様はキリギリスを掴んで告げた。


「キリギリスの姿になったセインよ。お前に試練を課す。あそこに火の海があるだろう?」


 アッシュ様が目を向けた先、私達が立っているところから10mほど先では、戦いの残り火が強めの火力で残っている。獣の肉があればバーベキューが出来そうなぐらいの火力だ。


「キリギリスの怠けの本能に抗い、その自慢の脚力で、あの火の海を泳いでここまで戻ってこい。戻ってこられたら、人間の姿に戻した上で我が配下に加えてやろう。健闘を祈る」


 そう言ってアッシュ様は、キリギリスを10mほど先にある火の海へ投げ入れた。

 うーん……。前世の視力なら見えたのだけれど……。今の身体の視力じゃ見えないな……。どうなったんだろう……。


「おっと。灰になってしまったか。残念残念」


 アッシュ様がそう仰られた。確認しに行く必要はないようだ。

 こうして、私を陥れた二人……セインとルナは、死に絶えたのだった──。

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