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第3話 変えられる運命

 スティナが広間に使用人とメイドを集め、ブルーノが次期ソルテラ伯爵になることを宣言する。

「あいつの遺品を明日中に整理しろ。貴様だけでな」


 オリバーの遺品整理は私に押し付けられた。

 ブルーノは私の顔が気に入らなくて嫌がらせをしていたのだから、大変で達成できもしない仕事を私に押し付けるのは自然な流れだった。

 要件を全て伝えると、ご機嫌なスティナとブルーノはそれぞれお気に入りの従者を従えて、屋敷の外へ出て行った。スティナは買い物で、ブルーノは女遊びだろう。


「エレノア、大変だろうけどお願いね」

「はい……」


 メイド長は申し訳なさそうな顔で、私に声をかける。

 私はオリバーが死んだという事実を受け入れられないまま、とぼとぼとした足取りで、彼の私室に入った。

 当主以外、入ることを禁じられた部屋。

 掃除やお茶を持って入ることさえ許されない。


(掃除が行き届いている。それに、整頓されている)


 初めて入る部屋。

 二週間、主がいなかったせいか、少し埃っぽい。

 私は部屋の窓を開け、新鮮な空気に入れ替える。

 全体を見渡すと、物が床に散らかっていることはなく、タンスやクローゼットにしまってある。

 タンスを開けると様々な大きさの木製のトレーが置かれており、その中に決まったものが入っていた。小物はすべてこのように整頓していたみたいだ。

 クローゼットは同じような服が五着、礼服が一着、喪服が一着と少ない。だけど、帽子とネクタイ、杖の数は多くそれでおしゃれを楽しんでいたようだ。

 宝石類は身に着けるよりも、飾って楽しむことが好きだったようで標本として並んでいた。

 本棚は高さが揃えられており、巻数があるものは順番に揃えられている。


(……どこから取り掛かろう)


 私は仕事を明日中に終わらせるためにはどう動いたらいいのか、頭の中で組み立てる。

 その計画をテーブルの上に置いてある紙とペンで箇条書きにまとめた。

 服、宝石、本はすぐに片付くとして、まず始めは大きいものから。


「これよね」


 大きいものとして、目についたのは見知らぬ男性が描かれた肖像画だった。

 ふさふさな金髪で空の色のような碧眼。

 細身の体型だが、どこかオリバーさまを思わせる。


「オリバーさま……」


 優しかった主人を想うと、瞳から涙がこぼれた。

 その涙は頬をつたい、床にポタポタと落ちる。


「どうして、どうしてあの人が死なないといけないの……!」


 オリバーはもういない。

 あの笑顔はもう見られない。

 私は膝から崩れ落ち、声を出して泣く。

 主人を失った悲しみを抑えて仕事をすることは、私にはできなかった。



(……やらなきゃ)


 悲しみの感情を全て吐き出したところで、私は仕事を再開する。

 ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭き取り、鼻水をかんだ。

 額縁の両端を掴み、壁から取り外した。それを部屋に出し、廊下へ置く。

 それから、本、洋服、帽子、杖と順に部屋の外へ出してゆく。


「あとは……、細々としたものね」


 私は箇条書きにした用件を確認し、終わらせたものにチェックを付ける。

 半分チェックが付いたが、大変なのはここからだ。


「ふう……」


 働きづめの私は、疲れをとるため、肖像画が立て掛けてあった壁にもたれかかる。


「え!?」


 壁にもたれかかったはずなのに、私の身体は支えられることなく、壁の向こう側へ倒れた。

 予想外の浮遊感に私の頭は混乱していた。


「すり抜け……、た?」


 私がもたれかかった場所が壁ではなかったことを理解するのに時間がかかった。

 ばたんと絨毯の上に倒れた私は、身体を起こす。


「ここは?」


 私の視界に広がったのは、オリバーの私室ではない別の部屋。隠し部屋。

 薄暗いこの部屋には、本と紙束、何かが入った小瓶が並ぶ。

 恐る恐る私は、一冊手に取り、ぱらぱらとページを開いた。

 癖の強い筆跡で書かれており、内容は全く分からない。ページの上部に日付が書かれていたので誰かの日記のようだ。


「これも……、オリバーさまの遺品なのかしら?」


 この部屋も遺品整理の対象なのか、首を傾げる。

 そうなると、計画の立て直しだ。一度、メイド長に相談したほうがいいのではないか。


「一旦、何があるか確認しよう」


 考えた末、私はこの部屋になにがあるのか把握することにした。

 まだ、部屋の中で一番目立っているものを確認していない。

 私は机の上で青白く光る水晶玉を手に取った。


『私は初代ソルテラ伯爵』

「えっ、だ、誰!?」


 頭の中に知らない男の人の声が響く。

 私はこの部屋に誰かが入ったのかと錯覚し、きょろきょろと辺りを見渡した。


『この水晶を手にするものよ、協力してほしい』

「……この水晶から聞こえてる?」


 声の主に訊ねても答えは帰って来なかった。

 この声は水晶に記録されているもので、一方的にしか話せないようだ。


『私の血筋を絶やさぬため【時戻り】をしてほしい』

「えっ?」

『さあ、”いつ”に戻す?』


 私に【時戻り】の力が!?

 水晶はいつ時を戻すかと私に問いかけた後、沈黙した。


「えっ、ちょっとまって……」


 私は水晶が語った言葉を思い出す。

 これが青白く光っているのは、ソルテラの血筋が途絶えたからだと言っていた。その状態だと【時戻り】の力が発動し、任意の時間に戻すことができるらしい。

 私は水晶が言っていることがおかしいと思った。


「この水晶、ソルテラの血筋が途絶えたと言ったかしら? オリバーさまには弟のブルーノさまがいるのに……」


 水晶の言葉に私は疑問を覚えた。

 オリバーには弟のブルーノがいる。血筋は途絶えていないはず。


「確か、スティナさまは前ソルテラ伯爵の後妻だとメイド長が言っていたわ。ブルーノさまはスティナさまの連れ子? それともスティナさまの不倫相手の子?」


 考えられるのは二つ。

 スティナが再婚の際に連れてきた子供かあるいはスティナが不倫をしたかだ。


「うーん、分からない」


 私は三か月前にきた新米のメイド。

 ブルーノの秘密なんて分からないし、彼のことなど考えたくもない。

 ブルーノのことを考えると、彼にされた嫌がらせの数々を思い出す。


「ああ!! もう、難しいこと考えるのやめた!!」


 答えの出ない問題を放棄した私は、水晶に命じる。


「【時戻り】出来るんだったら、三か月前、私がソルテラ伯爵家に勤める日に戻してよ!」


 三か月前。

 ”いつ”を私が定めると、水晶の輝きが増した。部屋一帯が強い光で明るくなる。


『協力者よ、時を戻そう』


 その言葉が聞こえると同時に水晶が割れた。



(う……ん?)


 まぶしい光で目が慣れない。意識もぼんやりしている。

 私は隠し部屋から一変、大勢の人がいる場所にいた。


(ここ、どこ?)


 知らない場所ではない。

 私はここを知っている。


「今日からここで働くことになったエレノアだ」


 ぼんやりとしていた意識がはっきりとしたとき、聞き覚えのある言葉を耳にする。

 ああ、思い出した。

 これは私がソルテラ伯爵家にメイドとして着任する日。ちょうど”三か月前”だ。

 この場にいるのは屋敷で働く同僚たち。彼らの視線は、新人メイドである私に注がれている。


「……エレノア? 意気込みを聞かせてくれないか」

「あ、はい!」


 ここで私はなんと言ったんだっけ。

 三か月前のことを思い出しつつ、私は皆の前で言う。


「エレノアです! あ、えっと……、メイドの仕事は初めて……、です。仕事を早く覚えたいです。よ、よろしくお願いします」


 思い出しながら言葉にしたものだから、カタコトになってしまった。

 ぎこちない自己紹介をし、私は皆の前で頭を下げる。

 パチパチと歓迎の拍手が聞こえる。

 だけど、その音はとぎれとぎれで、不安がっていることが感じ取れた。


「この子、大丈夫かしら?」

「緊張しているんだよ、きっと」


 拍手と共に、ひそひそと私の事を心配する声が聞き取れる。


(先輩方、安心してください。私、ここの仕事、もう覚えていますから)


 頭をあげ、私は不安がる先輩たちの顔を見て、心の中で彼らに告げる。

 そして胸を張り、堂々とその場に立っていた。


「じゃあ、エレノアは――」

「まず、なにが出来るか一通り試してみましょう」


 私に何をやらせるか悩んでいたところに、メイド長が割り込む。

 一通りというのは、掃除、料理、洋裁をやり、私の長所を探るためのいわゆる適正試験というやつだ。


(私、本当に三か月前に戻ったんだ)


 前回の適性試験は散々で、唯一まともにできた屋敷内の掃除の班に回された。

 この仕事は大嫌いなブルーノに会うことが多く、その度に嫌がらせを受けてきた。

 時を戻ったのだから、掃除班には回されたくない。

 私はその一心で、メイド長が与えた仕事をこなす。



「う~ん、料理はだめ、洋裁はそこそこ、掃除はまあまあってとこかしら」

「……」


 試験内容は知っているはずなのに、散々な評価だった。

 メイド長の言い方からすると、料理は不合格、洋裁は及第点、掃除は合格といった反応だろう。


「あなた、洋裁と掃除どちらがやりたい?」

「っ!?」


 私はメイド長の言葉を聞いて、耳を疑った。

 前は洋裁という道はなく、問答無用で掃除班に回されたからだ。

 私の反応にメイド長がぎょっとする。


「洋裁です!!」

「そう。じゃあ、あなたは明日からあの子の班について。今日は屋敷と主人、その親族を紹介するわ」

「はい!」


 やった!

 私は心の中で洋裁の班に配属されることを喜んだ。


(ああ、これだわ)


 私は適性試験を乗り越え、掃除班ではなく洋裁班に配属することが出来た。

 洋裁班であれば、ブルーノと鉢合わせすることはなく、嫌がらせを受ける回数もぐんと減るだろう。

 私の行動次第で、前の私を大きく変えることができる。

 【時戻り】の力を使えば、本当にオリバーさまを救えるかも。

 私の心に希望が芽生える。

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