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探索配信者ナナミン――本名、草壁 七海。金髪ロングな美女、二十四歳。両親は日本人。人気アイドルグループを卒業後、探索配信者となる。Go Tubeのナナミンのチャンネル『ナナミンちゃんねる♡』は登録者数一三〇万人越え。日本の探索者の中では上位の登録者数である。
Go Tube――探索配信世界シェア第一位の配信サイト。「探索見るなら、ごうつべにGo!」という公式の寒すぎるネタに便乗したネット民が「〇〇見るなら、〇〇にGo!」を構文化、ネットミームとなり、ネットのおもちゃとなっている。各種サブスクリプションによるサービスも充実、もちろん無料での視聴も可能。老若男女問わず愛されている配信サイト、それがGo Tubeである。
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『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 19:13
配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】
現在の同時接続数:三十万人突破
SNSトレンドランキング:日本第一位
検索サジェスト:ナナミン 阿修羅 階層主 無理ゲー 横ダン 第三
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(タイトル、ミスったぁぁぁぁ!?)
完全無欠なタイトル詐欺である。まったり何処いったぁぁぁぁっ!?という心の悲鳴を挙げながら、ナナミンは、その手に握るものに力を込める。
「おお、なんか凄い♪」
いやいやホントに凄いのはキミだから!?、と、ナナミンとナナミンちゃんねるの視聴者全員が総ツッコミするほどの剣の冴えを披露するカイトの左右を、赤い光を纏った何かの群れが通過する。直後、聞くに堪えない怨嗟の音が挙がり、次いで爆発音、そして、ナナミン怒りの声――
「もう、どうにでもなっちゃえ!!」
ナナミンちゃんねる、コメント欄、沸く。THNキターーーーー!、といったコメントで埋め尽くされていくナナミンちゃんねるの配信画面上部に、赤や黄色、オレンジなどの枠で囲まれた何かが、チャリンチャリンという軽快な音と共に、次々表示されていく。
ナナミンの両手に握られているものは二丁拳銃、その名は、R-零零参ルミアカスタム。
魔導銃と呼ばれる武器である。
ナナミンの魔導銃が咆哮を挙げる。ズドドドドドドドドドという轟音と共に、赤い光が、階層主であるオーガヒーローの取り巻きのオーガ軍団に撃ち込まれていく。撃ち込まれる弾丸一発一発が、オーガに致命的なダメージを与えているのだが――
「みんな、エルチャお願い!赤字やだー!?赤エルは大歓迎だよ♡」
ナナミンの魔導銃は一発撃つごとに、日本円にして五百円のマイナスとなり、預金残高にダメージが入るようになっている。ちなみに、エルチャとは、Go Tubeの配信者支援システムのひとつ、エールチャット――配信界隈に昔から存在する投げ銭と呼ばれる、お金をプレゼントする仕組みである。金額に応じて、青、黄色、オレンジ、赤の四種に分けられ、赤のエールチャットをもらうと大体の配信者は大喜びである。
そして、約五千発の魔導弾を撃ち込んだことで、オーガヒーローの取り巻き、半壊。残りは、阿修羅が全て斬り伏せた。
魔導弾五千発×五百円イコール二五〇万円のマイナスによりナナミンの預金残高にかなりのダメージが入ったものの、その甲斐あって、オーガヒーローとの一騎打ちを邪魔するものはいなくなった。
ナナミンがチラッと配信用魔導ドローンの画面を覗き込むと、ナナミンちゃんねるのコメント欄は案の定、THN!THN!、とのコメントで埋め尽くされている。
THN――
何はともあれ、ナナミンもナナミンの視聴者もナナミンちゃんねる初見の方々も、これからがメインイベントであるとわかっている。
なにせ、これから始まるのは、今年の四月、阿修羅の名を世界に知らしめた日の再現。
階層主をひとりで倒す――レイドモンスター単独撃破を、世界で初めて成し遂げた
つまり、今夜、ナナミンちゃんねるにて、阿修羅による階層主単独撃破の映像が、世界中に配信される、かもしれないのである。
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『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 19:46
配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】
現在の同時接続数:八〇万人突破
SNS世界トレンド:第一位
エルチャ総額:二二〇万八三〇〇円
検索サジェスト:ナナミン 阿修羅 階層主 THN 無理ゲー 横ダン 第三
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同時刻、都内某所
「――お、おじいちゃん!ちょっと!」
「なんじゃアカネ、騒々し、い……」
若干色素の薄い長い髪をうなじ辺りで結び、袴にも似たサルエルパンツ、袖の短い軍用ジャケットとインナー、同じく軍用ブーツと、動き易さ重視の見た目で、左腰部には刀を二本差す、どうにも奇妙な風体の小柄な少年の姿を、居間の六〇インチモニターで目撃する、黒髪ロングな少女と禿げ上がった老人。
「これ、横浜で配信されてるみたい……」
「あやつ、何をやって……ん!?」
「横ダン最前線の階層主だってさ」
「――っっっ!? 行くぞ、アカネ!」
「えー!これから!?」
「ふふふ……優しいお爺ちゃんが過労死せぬよう、一緒に来てくれるかの?ん?」
「あー……はいはい、わかりました、ちょっとだけ待ってて――」
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同時刻 横浜ダンジョン第一拠点
「――団長、面白いのやってるよ?」
「面白い、ねぇ……ネタ配信に興味は――」
「例の阿修羅が階層主を――」
「阿修羅だって!?」
横浜ダンジョン第一拠点にたまたま立ち寄っていた有名探索者クランの女団長が、補佐役の黒髪ぱっつんショートな少女の携帯端末に半ば強奪するような勢いでしがみつき、赤髪ポニーテールを弾ませながらナナミンちゃんねるの配信を観る。
「ちょ、ま、え、はぁっ!?なんで、こんなアイドル崩れの配信に、あの阿修羅が出てるのよ!どうなってるの!」
「ちょっ、食いつきエグいからー!?」
「あ、ああ、すまん。いや、そんなことより、どうなってるんだ、これは!」
「いや、ウチに言われても……ああ、なんか昨日、阿修羅がナナミンを助けたっぽい。で、その流れで、コラボに誘ったとか?」
「な、なんて厚かましい女だ……羨ま、いや、恨めし、いや、許すまじ!」
「団長、嫉妬爆盛りしすぎ、草生えそう」
「やかましい!行くぞ!」
「いやいや、これから会合――」
「有望な新人をスカウトしに行くから遅れると伝えておけ!いや、なんなら欠席だ欠席!」
「欠席は流石に草原不可避なんで、遅刻するかもって言っときまーす」
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そして、阿修羅が微笑む。