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子供と大人が殴り合いの喧嘩を本気でしたならどっちが勝つか、という問いに対して、大概は、大人の勝利と答えるだろう。しかし、子供を未成年と仮定した場合、その限りではない。
現在の日本の法律上の成年が、男女共に満十五歳。未成年最高齢である十四歳の少年少女なら、なんらかの武道武術や格闘技を習っているとしたら勝つことは十分にあり得る。まして、高齢の男女を大人に当てはめようものなら、下馬評は逆転するだろう。
では、五歳の子供と二十五歳のプロ総合格闘家の大人が、殴り合いの喧嘩をしたらどうなるかと問われれば、十中八九、大人の勝利であると誰もが思う――人間とオーガの単純な肉体能力の差、その平均値を言語化するとこうなる。
横浜ダンジョンが高難度である理由。それは、オーガという化け物がシンプルに強い、絶望的なまでの肉体強度の差が生む戦力差こそが最大の理由である。
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「――すっご……」
大地もろとも大気を震わせる咆哮を挙げる大巨人――オーガヒーローはあまりに巨大。オーガの平均身長を四メートルとした場合、その倍、八メートルは優に越える身長――建物に換算すると四階建てのビルに相当する高さ――と四メートルはある肩幅、二メートル近い分厚さ、と、まさに大巨人である。
しかも、この大巨人は、鈍重な木偶の棒ではなく、筋肉の塊。プロ総合格闘家がそのまま大きくなったような身体のキレを有している。
つまり、四階建てのビル並みの大きさの肉塊が機敏に動き回り、人間に喰らいつくということ。控えめにいって、悪夢である。
では、人喰いの悪夢に悪い夢を見せる存在とは、何者なのだろうか?
「――ふふふ……あははははっ!」
阿修羅、舞う。象徴的な意味合いでも用いているのだろう、オーガヒーローの右手には、約六メートルほどの巨大な石剣。獲物である少年を粉々にせんと、石剣を大きく振りかぶる――と同時に、脛、膝、太もも、脇腹、胸、と、鋼すら凌駕する硬さのオーガヒーローの肉体に、次々と裂傷が増えていく。苦々しい表情のオーガヒーローが、左手を振り回す――その動きに合わせたように、指、手首、前腕、上腕、肩、と、階段を上がるかのように裂傷が増えていく。その痛みが向かってくる先を察したオーガヒーローが、慌てたように両手で顔を覆い、距離を取り、黒い影がオーガヒーローから飛び出しては同じように距離を取る。
またもや、仕切り直しである。
正気じゃない――と、ナナミンちゃんねるを通して阿修羅とオーガヒーローの闘いを観戦している、阿修羅と同じように近接戦闘を主とする探索者や傭兵たちが、感嘆と畏怖の念を覚えていた。
阿修羅のやっていること自体は、とても単純だ。身体の大きなオーガヒーローは動作も大きくなるイコール溜めの動作も大きくなるため、その間隙を突くように間合いを詰め、オーガヒーローの身体を登りながら斬っていく。ただそれだけのシンプルな戦いだからこそ、とても正気とは思えないのだ、他人からすれば。
極端な言い方をするならば、オーガヒーローが雑に振り回した腕が
つまり、薄皮一枚向こう側に死が待ち受けている、次の瞬間には絶命していてもおかしくない危険域での攻防を、狂気の沙汰を、笑みを浮かべながら披露しているのだ、阿修羅は。
「うわぁ……マンチカンが、クレイジーバーサーカーになっちゃった……はっ!?」
阿修羅がオーガヒーローと戯れている最中、ナナミン、まさかの大失言。
阿修羅が、気が狂った戦闘狂と言いたくなるほどに狂っている、クレイジーなバーサーカー少年であるのは満場一致だ。だが、そこにマンチカン要素など微塵も存在しない。
つまり、マンチカン要素が見られるのは探索の外、いわゆるプライベートな時間であると推測可能なのだ。
探索者のプライベートは、プライバシー保護の観点から、拡散行為が禁止されている。もし、阿修羅が探索配信者だった場合、ブランディング破壊とみなされ、訴訟すら起こされかねない。ナナミンは、そんな大変なことをしでかした訳だ。
そして、やはりというべきだろうか、ナナミンちゃんねるのコメント欄には、マンチカン?、訴訟待ったなしか?、ギャップ萌え良き良き、などのコメントで溢れかえる。
そんなコメントの最中に送られてきた、一つの赤いエールチャットによって、阿修羅の新たな異名が生まれることに。その異名が、探索配信界隈にて阿修羅以上の人気になるとは、この時、誰も予想していなかった。
ゆるふわにゃんこ系バーサーカー、略して、ニャーサーカー、ここに爆誕である。
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『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 20:03
配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】
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