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06


 阿修羅から漂う気配が変わったことを、オーガヒーローも察したのだろう、腰を落とすことで警戒体勢を取り、それに合わせたように、阿修羅が抜刀。その姿を見て、オーガヒーローは本能的に悟る、先程までとは別物だと。そんなことを思わせるほどの鋭い気配、殺気とも呼べるそれが、阿修羅から漂っているのだ。


 先に仕掛けたのは――オーガヒーロー。


 先手必勝の概念は、地球も異世界も変わらないということだろう、がむしゃらに拳打を見舞う。オーガヒーローの拳打、その威力を例えるなら、戦車の装甲を貫く徹甲弾――貫徹かんてつを可能とする拳である。戦車の装甲すら貫く二平方メートルの肉塊が生み出す嵐は、点としての貫通力と面としての制圧力を有しており、身体の小さな相手にとって相当な優位性を持つ。


「ふふっ、心地よい殺気です」


 時間にして五秒後、オーガヒーローが苦痛に喘ぐ、両腕がズタズタに斬り裂かれることで。

 オーガヒーローの耐久性、頑強性は最低でも戦車の装甲以上である。戦車の装甲を貫く拳打を可能にする自身の筋骨格運動に耐えられない訳がないことが、その証左。

 そんなオーガヒーローの皮膚を斬り裂き、筋繊維などを断ち切ったことで、明確な痛みをもたらした阿修羅はつまり、現代の戦車に使われるような特殊な装甲――均質圧延装甲、RHA(rolledロールド homogeneousホモジーニアス armorアーマー )と呼称されるそれと同等、もしくは、凌駕する硬さのものを斬ったということ。


 言わばそれは、斬徹ざんてつ


 現代科学が生んだ強固な鋼すら断ち切れる阿修羅の興味は、オーガヒーローの全てを斬ることのみ。自分の耳元から小さき者の声が聞こえたことで、斬り裂かれた腕で反射的に振り払うオーガヒーロー、次いで襲いかかるのは、両腕からもたらされた激しすぎる苦痛――生まれてから四十余年の間で最大の激痛が、オーガヒーローを襲った。


 それは、完璧な後の先による剣撃。


 触れれば死に繋がる肉塊の暴威を嘲笑うかのように、オーガヒーローの振り払いの軌跡全てに、斬撃の軌跡を交差させる阿修羅。相手の勢いを上乗せしたその威力は凄まじく、オーガヒーローに攻撃を逡巡させてしまうほどの、歴戦の戦士から攻撃する意志を奪ってしまうほどの斬撃だった。無論、先程の斬徹以上の切断力である。


 これが、真剣を握った阿修羅、その実力のである。そのあまりの実力に、ナナミンもナナミンちゃんねるの視聴者も、興奮冷めやらぬといった状態に変わっていた。


(カ、カッコいい!!)


 ちなみに、ナナミンちゃんねるのコメント欄では、Samurai−boy,foooooooooooo!、といった海外視聴者の反応もありつつ、阿修羅ヤベエーーー!!、リアル侍キターーー!!などの比較的正常な反応から、やっちゃえニャーサーカー!といった何処かで聞いたことのあるコメントまで、幅広く盛大に沸き上がっていた。最早、祭りである。


 そんなお祭り騒ぎの中、当の本人たちは、闘争の終わりが近いことをお互いに察していた。


 オーガヒーローは、小さくも勇ましき剣士が自らの命を斬り散らせるだけの戦士だということを理解する。

 阿修羅は、たったひとつの油断、たったひとつの隙があれば己を簡単に絶命させる巨人が、覚悟を決めたことを気配で察する。


 動いたのは――阿修羅。


 目にも留まらぬ、そんな言葉を体現する体捌きで、あっという間にオーガヒーローの足元に来た阿修羅。そこに、オーガヒーロー渾身のチョッピングレフト、力任せに振り下ろされた左ストレートは、地面を盛大に砕くも、阿修羅には避けられる――ことを想定していたオーガヒーロー、その狙いは、阿修羅の移動先を絞り、行動を限定させること。

 もしこの時、左腕に痛みが走るようなら、そこに阿修羅がいる。それが無ければ、好戦的な阿修羅ならば、前方、左右、そして、上方のいずれかに避ける。だが、先程までの突進の影響で、地面は些か進みにくく、ともすれば、オーガヒーローに態勢を整える時間を与える間を生む。そのことから阿修羅は、前方も左右も選ばず、現時点で最短距離になりうる上方、宙に舞う石片を足場にして襲いかかる――と、オーガヒーローは推測。そこにいるであろう阿修羅に向かって地を抉りながらの右アッパーカットを放ち――ヒット。黒い影が天井にまで吹き飛んだと同時に、低く軋むような衝突音。


 この時、オーガヒーローは勝利を確信――していなかった、できる訳が無かった。手応えが、あまりにもおかしかったからだ。


 そして、きっちり二秒後、天井から低い破裂音が鳴り、オーガヒーロー目掛けて、黒い影が落下するように宙を舞う。その黒い影を、阿修羅の姿を捉えたオーガヒーローは歓喜し、咆哮、真っ向勝負を所望している戦士に応えるべく、右ストレートを放つ――も、ヒットせず。

 オーガヒーローの右腕を滑り台代わりにし、肩口に降り立った阿修羅は、何故かしていた。


「ありがとう、すごく愉しかった――」


 そして、カチンという音が静かに鳴り、オーガヒーローが膝から崩れ落ち、轟音が響き渡る。それと同時に砂埃が舞いあがっては視界を埋め、徐々に音も無くなっていく。


 配信用魔導ドローンは、その光景を、ただひたすらに映していた。



『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 20:19

 配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】

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