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07


 探索者――情報収集を主目的とする者

 傭兵――戦闘のスペシャリスト


 それぞれがギルドと呼ばれる国営組織によって管理されており、能力に応じたライセンスも発行されている。

 探索者と傭兵、両方のライセンスを取得するものも多く、現在の主流となっている。また、そのことが背景にあるためだろう、高ライセンスを保有している探索者に限り、傭兵との戦闘能力に差がないことが多い。

 探索者と傭兵の中には、自衛隊や警察機構に属する者もおり、二つの立場を有することが認められた。また、全ての探索者と傭兵は、有事の際には国からの召集――徴兵制度に応じる義務が生まれた。ちなみに、渋谷事変前の傭兵たちは、現在では野良と呼ばれている。



 ナナミンちゃんねる視聴者は、未だ状況を完全には把握できていなかった。というのも、配信画面が砂埃の影響で完全にホワイトアウト、では、音声はどうかというと――


「――ゲホッゲホッ、オエッ!?」


 配信画面は真っ白、ナナミンガチ勢のご褒美にしかならない音声、これで状況を把握しろという方が無茶である。ただし、最後に見えた光景から察するに、阿修羅がオーガヒーローを倒したことだけは、なんとなくわかっていた。


 そんなわけで、ナナミンちゃんねる視聴者にとって混沌の場と化した階層主部屋、その入り口にて、動向を見守っていた幾名かの者たちの姿がある。いわゆる野次馬なのだが――


「――おやおや、まさか貴女のような方が、こんなところにいるとは!これも運命のお導きでしょうか?」

「ふふ、偶然って怖いですね――」


 現在、人知れず、場外乱闘が行なわれていることを知るものは少ない。

 まず、阿修羅とオーガヒーローの一騎討ちは、第三拠点が存在する階層、便宜上、三階と呼んでいるフロア、現在の横浜ダンジョン最前線で行なわれていた。それはつまり、探索者や傭兵の中でも上位ライセンスの保有が可能な実力者でなければ、現地に赴くことすら困難であり、今この場にいる時点で、実力者であることの証明となっている。


 今回、阿修羅とオーガヒーローの一騎討ちを現地観戦することができたのは七名――三組のクランが、噂の阿修羅を観に来たのである。


 まずは、探索者クラン『月煌蝶げっこうちょう』。横浜に拠点を置く日本トップクランのひとつ。青い髪のクランマスターが第三拠点でくつろいでいたところ、ナナミンちゃんねる経由で、阿修羅とオーガヒーローの一騎討ちのことを知る。同じようにくつろいでいたクランメンバーのひとりを無理やり連れて、噂の阿修羅を観に来たところ、中々に面白い場面に遭遇したと、その二組の言い争いをニヤニヤしながら傍観している。


 残る二組のクラン、その片方のクランマスターは現在、白い騎士鎧を纏う赤髪ポニーテールの女性に絡んでいる。両脇に女性をはべらす、派手な白スーツを着込んだ銀髪の男がそうだ――


「――私は、いつも思っていたのです。貴女のように美しい方が、ダンジョン探索に挑むのは実に勿体無い……そうだ!私の妻にしてあげましょう!何不自由ない安全なところで、私の子供たちを育てる……そう、この美しい私を、公私ともに支えるのです。女としても探索者としても、これ以上の幸せなどあり得ない……素晴らしい提案だとは思いませんか?」

「いえ、間に合ってますので。それより貴方の方こそ、傭兵なんて不向きなことは今すぐお辞めになって、ホストクラブにでもお勤めになってはどうでしょう?自慢のお顔に傷でもついたら笑え、んっんっ……悲しむ方がおられる、かも、しれないのでは?」


 竜虎相搏りゅうこあいうつ、というには些か用法が間違っている部分もあるが、クランの規模に関しては、互角と言って差し支えないことから、あながち間違いでもない。

 詰まるところ、この両者の関係性は、互いに大クランを率いているリーダーであることだけ。要約するなら、競争相手。それ以上でもそれ以下でも、それ以外の関係性は無い――少なくとも、赤髪ポニーテールの女性はそう思っている。


 だが、ナルシストな銀髪男の方はそれ以外の感情を、彼女に向けているのは確かである。


 ナルシストな銀髪男の名は――カルマ、傭兵名である。上から数えて二番目に高いAプラス級ライセンス持ちの傭兵。横浜に拠点を置く、総勢六〇〇名を超える日本最大規模級の傭兵クラン『ルミナス』、そのリーダー、クランマスターが、カルマである。ちなみに、カルマの両脇の女性たちは、クランメンバーである。ルミナスのメンバーは八割が女性であるのも特徴であり、クランのリーダーであるカルマの原因が何であるかを示唆している。


 別名、女の敵。


 見目が良く、自分好みの女性を囲ってはで、。捨てられたくない女性は、カルマの命令をなんでも聞く、便利な手駒となる。だが実は、これには裏があり――などということも全くなく、カルマには表も裏も無い。

 高ライセンスを笠に着てやりたい放題する、そんな探索者や傭兵が、この世界に確実に存在している。カルマはその一人ということだ。


 そして、赤髪ポニーテールの女性は、その手の輩が、心の底から嫌いである。


 そんな彼女の名は――花宮 加奈。探索者名は、カナ。日本のみならず世界屈指と評される探索者クラン『クリムゾン・オーダー』のクランマスター。通称、団長。赤騎士と呼ばれる少数精鋭――現在の団員数は約四〇〇名――のクランメンバーを束ねる彼女の姿は、まさに騎士団の長である。


 そんな彼女には、あまりにも有名な、ある肩書きが存在している。


 彼女は、世界的に見ても稀有なEX級ライセンスを保有する探索者にして傭兵。それは、EXCEEDという言葉を参照して名付けられた等級であり、その意味は『超える、上回る』。すなわち、ライセンスという枠を上回り、超えている存在、それがEX級ライセンス保有者。


 花宮 加奈は、それほどの存在である。


 そんな彼女が、EX級ライセンスを保有したきっかけは、五年前に起きた大事件。

 五年前、現代にダンジョンが最初に現れた歴史的大事件――渋谷事変。その最初の大侵略において活躍した約千人の者たちは、渋谷の英雄たちと呼ばれている。

 渋谷の英雄たちが活躍できた背景には、突如、未知なる力が覚醒――タレント、スキル、そして、という、かつての人類にはなかった能力に目覚めたからである。

 八面六臂の活躍を見せる渋谷の英雄たちの中に、特殊なタレント――シークレット・タレント、もしくは――異能と呼称される力を発現した九名が現れた。

 花宮 加奈は、その九名――シークレット・ナインと呼ばれる、英雄の中の英雄のひとり。


 そして、彼女をシークレット・ナインたらしめた力――世界が変わったあの日に覚醒した力の名であると同時に、花宮 加奈の異名となった――その名は、『ケラウノス』。


 世界最強の雷使いの異名である。



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