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09


『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 20:51

 配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】

 現在の同時接続数:約一四〇万人

 SNSトレンドランキング:世界第三位

 エルチャ総額:五三七万一四〇〇円


 検索サジェスト:ナナミン 阿修羅 

 カナさま ケラウノス カルマ カスマ

 月光蝶 抗争勃発? オーガヒーロー 

 ニャーサーカー 階層主 ソロ撃破 

 マンチカン 横ダン 第三



 夢とロマンが盛り沢山なダンジョン探索に挑む、探索者と傭兵。無限大と錯覚してしまうほどの魅力ある職業であると同時に、ある種の感情の数々を生むことに繋がりかねない、因果が捻じれては拗れる難儀な生業といえる。とはいえ、基本的なルールを守っていれば、そこまでややこしいことにはならない筈だ。

 足を安易に踏み入れなければ、欲を過剰に張らなければ、己を過信し過ぎなければ――狼が牙を剥く、そんな因果を招くことなど無かった。つまり、これは――


「――がっ、ぐっ、貴、様……」


 利き腕を斬り落とされたカルマが、激痛に悶え苦しむ羽目になったのは、ただの自業自得。


「えー、と……何を怒ってるんですか?」

「な、なんだ、と――」

「殺気を向けたのは、そちらでは?」


 カイトが新人だからとオーガヒーローの魔石を相場価格ガン無視の一千万円で譲れと強要した挙句、ナナミンやカナに庇われた姿を見て苛立ったのだろう、カイトに向けて殺気混じりの恫喝を敢行――されたことで、カルマの目の前に音も無く現れた阿修羅が、微笑みながら無造作に斬る。阿修羅の動きに、辛うじてギリギリ反応したカルマ、盾にするような形で、右腕を突き出しながら後退ることで絶命は免れた――右腕を切断されただけで済んだ。そう、その程度で済んだことを喜ぶべきなのだ。


 阿修羅は勘違いされている。


 三ヶ月前、とあるダンジョンの階層主を単独撃破したという印象が強すぎて、対魔物――ゲーム用語などで言うならば、PvE(Player vs Enemy、あるいは、Player vs Environment)専門の剣士だと思われたのだ。

 だが、それは、阿修羅という剣士の本質から遠ざかっていると云わざるを得ない。

 なにせ、阿修羅の本領は対人――PvP(Player vs Player、あるいは、Person vs Person)――人を斬ることこそが、阿修羅という剣士の得意分野なのだから。


 それは、彼の魂に刻まれた因果が故に。


「ふふ、意外に動けますね」

「な、めるな、よ……新人が!」


 カルマが、体内の魔力を左手に集め始める。それは、自身のタレントとスキルに基づく、カルマにとっての最適解。カルマはいつも通り、自分の異能で場を制圧しようとする。そして、左手に意識を集中させて――


「あんた、いい加減に――」

「ちっ、外野は黙――なんだ!?」

「んー?あれって……」


 異能まで使おうとするカルマを静止しようと声をかけたカナ、カナのその行動自体に忌々しさを覚えるカルマ、そんなカルマをどうやって斬り殺すかを考える阿修羅、そんな三人を見守る周囲の者たち全員が、それに――轟音と共に砂埃を巻き上げる何かに気付く。

 その何かは明らかに、カイトたちの方に向かってきており、徐々にスピードが落ちていき、その正体を現す。


「――魔導バギー……どこの誰が――」


 全地形対応車として有名なバギーカーを、ダンジョン仕様として改修したギルド専用車両、それが魔導バギーである。基本的に、探索者ギルドや傭兵ギルドなどの職員やギルドに委託された者しか運用できない。ちなみに、拠点間移動専用の魔導バスと魔導タクシーも存在する。

 そんな魔導バギーが、カイトたちの元へ走って来て、スピードが落ち、止まる。キッ、という硬質なサイドブレーキ音が鳴り、扉が開かれ、そこから現れたのは、左腰部に刀を差す黒髪ロングな少女と――


「――なーにをやっとんじゃ、馬鹿もんが!」


 その人物を知らない探索者も傭兵もいない、それほどまでに有名な――ある意味では、シークレット・ナインよりも有名な、左腰部に刀を差す禿げ上がった老人がその場に現れる。

 ナナミンちゃんねる視聴者も、その老人が現れたことで大いに沸く。そもそも、シークレット・ナインの一人に、カスマの愛称でネットのおもちゃにされてるクズ男、横浜での知名度はシークレット・ナイン並みの有名クランの名物マスターと、特別ゲスト盛り盛りな状況となり、対オーガヒーローが終わったからと視聴離脱した者たちが戻って来始めた矢先の更なる追加ゲスト。まさに神回だと視聴者が歓喜したのは語るまでも無い。既に、切り抜き動画も数多く投稿されてるほどだ。

 ナナミンちゃんねる視聴者も含め、老人の言動の意がわからぬ者たちはみな、何故、この場に来たのかが気になって仕方がない。そんな中、彼が口を開く。


「爺ちゃん、どうしたの?」

「……は?」


 その老人の名は、藤堂 源慈ゲンジ、八三歳。阿修羅こと藤堂 海斗の祖父であり、自身も高名な剣士である老人の異名は――『剣聖』。世界一の大剣豪と謳われる人物である。

 そんな彼が世界的に有名になったのは、渋谷事変以降。剣術に関連する汎用スキルの指南を、動画や配信を含めて積極的かつ精力的に行ない、多くの探索者、多くの傭兵の戦闘能力向上に今なお貢献しているのが、この老人。


 別名、チュートリアルジジイである。




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