目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

10


「――随分やられたようじゃな」

「うん、ちょっと失敗しちゃった」


 その場にいる者たちも、画面越しに観ている者たちも、ゲンジ以外は、その事実に気付いていなかった。その事実は、今の阿修羅が、先程までとは比較にならないほど、戦力が低下していることを意味する。


「かっかっか!ような何かが、ちょっとの失敗か!さすがは我が孫!男たるもの、そのくらい豪胆でなくてはな!」


 あの剣聖の言葉である以上、そこに勘違いはない、と、素直に信じてしまうほど、剣聖たる藤堂 源慈、その実力は信頼されている。事実、剣聖の見立ては正しい。

 そうなると次は、いつ、どのタイミングでの負傷だったのか、その疑問と向き合うことになる。だが、これに関しては、リアルタイムで観戦していれば、大方の予想はつく――阿修羅が天井に吹き飛ばされた時だ。

 例えば、高いところからジャンプして着地を試みようとする時、ほぼ全ての者が、両足で体重を支えるように踏ん張ることだろう。阿修羅はそれを、天井で行なった――オーガヒーロー渾身の右アッパーの衝撃を、その両足で抑え込み、最後の一撃となった居合へと繋がる行動に移行したのである。ただし、その代償はなかなかに大きく、両足それぞれの脛骨けいこつが、ひび割れながら押し潰されてしまった。粉砕骨折一歩手前である。

 そんなことを微笑みながら祖父に伝える孫という、なんとも妙な構図を観るナナミンちゃんねるのコメント欄では、さす阿修羅、ニャーサーカーえっぐいわぁ……、てか痛がってる様子ねえのがビビる、などのコメントで埋まる中、ある意味では、今、最も愉快な状況を的確に捉えているコメントがあった。


 曰く――カスマざまあー、である。


 そう、ほとんどの者が感嘆の念を阿修羅に抱いている中、その男だけは――カルマだけは、その深すぎる屈辱に、身体を震わせていた。


(ふ、ふざけやがって……)


 至極当然のことだが、足にひびが入って、運動機能が下がらない者など存在しない。強いて言えば、脳内麻薬や麻酔などで痛みを取り除き、無理やり動かすことは可能だが、それは自覚なきオーバーワーク。十全な状態と比較すれば、本来のそれとは雲泥の差である。パフォーマンスが低下して当たり前なのだ。

 そんな状態の――弱体化した阿修羅に利き腕を斬り落とされるという醜態を、配信を通して世界へ晒すことになったカルマの胸中が、昏く荒れ狂ってしまうのは致し方がない。


 自分を中心にして世界は回らなければならない。誰よりも美しく、誰よりも有能な自分が愚かで哀れな弱者を導いてやらねばならない。だからこそ、自分のために力を尽くせることに感謝しなければならない。だって、自分こそが、この世界の主人公なのだから――と、カルマは、心の底から本気で思っている。


 そんなカルマにとって、阿修羅の存在は忌々しく、目障りで、ただただ邪魔でしかない。


「――行くぞ!」


 幸い、というよりは、そのための要員として連れて来ているクランメンバーの治癒スキルにより、カルマの利き腕は回復済み。故に、残されたのは、屈辱の記憶のみ。

 二人の女性メンバーを引き連れ、逃げるようにその場を後にするカルマの自尊心は、完全にズタズタ。その心には、阿修羅への黒く濁った怨念が宿る。


 横浜を舞台とした戦い、のちに――横浜動乱と呼ばれる争いの火種が、たった今、生み出されたのである。



『ナナミンちゃんねる♡』2043/07/25 21:17

 配信タイトル:【コラボ】あの阿修羅さんと!まったりお散歩♡【横ダン第三】

 エルチャ総額:五八一万六五〇〇円

 チャンネル登録者数:一八六万五七三一名


 本日の配信は終了しました



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?