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 2043/07/27 (月) 13:26

 横浜ダンジョン三階層


 やや薄暗いそこで繰り広げられてるのは、少女と大鬼の命の奪い合い。雄叫びを挙げる大鬼による突進を受けてはいなした少女。大鬼の体勢を崩し、等身大の杖を握る位置を——杖の先端の反対側を右手、左手を杖の真ん中あたりに添えるように——ずらし、ひとつ息を出し入れした次の瞬間、一気に杖を振り抜くことで大鬼をする。


「なるほど、これは面白いですね」


 それは、黒髪ロングの少女——アカネによる感想である。その感想を聞いた金髪の女性——通称ナナミンが口を開く、と同時に——


「でしょでしょ♪アカネちゃんくらい、上手く扱えるなら、めちゃくちゃ便利だと思うよ!」

「——ホントホント、クルクルクルって、とってもカッコよかった!」


 ナナミンの隣に立つ女性——乳白色のショートボブにエメラルドグリーンの瞳、ゴシック・アンド・ロリータ寄りの修道服という、知らないものからするとダンジョンには不向きとも思える姿の彼女は、新人探索者であるアカネを引率するために探索者ギルドから派遣された二人に同道している。

 世界でも希少な治癒系の異能持ち——の中でも特別な彼女もまた、花宮 加奈と同じ、シークレット・ナインの一人、EX級探索者。

 現在、を——命と引き換えにして——可能とする唯一の異能『アスクレピオス』を有している者。


 彼女の名は——アンナ=イングラム、二十四歳。三ヶ月前、一人の少年に命を救われ、その実力にふさわしき異名である『阿修羅』を、贈るように名付けたのが彼女である。また、治癒系の異能やスキル持ちを集めた探索者クラン『スイートハート』のクランマスターでもある。



 アカネ、ナナミン、アンナの三名は現在、横浜ダンジョン第三拠点から北に歩いて約二〇分ほどの距離の、ダンジョン内では比較的狭い通路にいる。その目的は——


「——……いきます」

「……うん、援護は任せて」


 ひとつ息を出し入れしたアカネが駆ける。その一歩一歩の音は極めて小さく、大鬼たち——オーガの群れが気づいたときには、既にひとつ、命が散らされていた。背中から心臓を、的確に貫かれたことによって。

 挙がる咆哮、揺れる地面。アカネたちを敵と認識したオーガが動き出す。その数、十四。オーガ二体通るのが精一杯の通路を、定員通り、二列になったオーガが怒号と共にアカネに向かう。

 そんな狭い通路の中央に立つアカネ。ひとつ息を出し入れして、構える——重心をやや落とし、右肘を軽く曲げながら杖の末端部を握り、左手で杖が地面に落ちないよう支えるように力を抜いて握る。

 そして、オーガがある地点を通過すると同時に、体勢を崩す。苦悶の声を挙げ、左胸を抑えながら。一体、二体と次々倒れ伏すオーガ。そんな中、仲間であるオーガを盾にして強引に突破を試みるが、頭から地面に突っ込むことに。

 突然苦しみだして倒れたのも、頭から地面に突っ込んだことも、目の前の小さな者の仕業であることは一目瞭然——そのようなことを考えたのだろう、オーガの足が止まる。

 これは、アカネが握る杖——魔導杖ノースタイラーに備わった魔導的機能と、アカネが有するタレントが組み合わさった成果。


『突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも はずれざりけり』


 杖術の基本的な考え方を拡大解釈したルミアによって考案製作された——伸縮も形状も自由な半透明の刃を魔力で構築する——魔導武具と共に、『武芸百般オールラウンダー』という名のタレントで為して、ひとつの武を成す。


『突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌 とにもかくにも外れあらまし』


 それは、現代では失われつつある槍術——宝蔵院流槍術の中でも、本来ならば絶対に知る者のいない、かの流派の中でも異端中の異端。彼女自身、由来すら知らない槍術を、知らず知らずのうちに現代に蘇らせていた。

 確実に言えるのは、それは、ただの模倣もほうでしかない。かつて、祖父の友人である槍使いの前で、自分の弟が見せてくれた尋常ならざる槍の軌道を記憶していたからこそ可能な、彼女のタレントによって現代に蘇った、模倣の武の

 それは、西暦一八五三年頃から始まったとされる動乱の期間、通称——幕末期において、治安維持などを目的とした剣客集団に属していた一人の男が自称した、槍の流派。

 その男は、悪鬼羅刹の如き武人ひしめく幕末期において、最強と恐れられた剣客集団の中でも異端——槍の達人として知られた武人。

 その男の名は――原田 左之助。

 流派の名は、種田たねだ宝蔵院ほうぞういん流槍術。


 最強の剣客集団『新撰組』十番隊組長の武、その一端を、藤堂 茜は、ダンジョンという舞台で、魔導杖ノースタイラーと共に再現してみせたのである。



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