店内の撮影許可が降りたので、早速私達はカフェに入った。
「世界を救った勇者様御一行! あちらの席へどうぞ!」
店員さんがそう促すと、鈴木のアニキがすかさず『勇者様じゃなくて鈴木なんですけど!』と言った。
◇コメント
『またか』
『何回すんねんこのくだり』
◇
店員さんは、ひとしきり唸った後、こんなことを喋ってきた。
「えっと、勇者様じゃなくてあの鈴木様でしたか。申し訳ございません気づかなくて」
店員さんはどうやら別の鈴木さんだと勘違いしてしまったようだ。めんどくさい状況になったと思った私は、なんとなく話を合わせることにした。
「そ、そうっすよね鈴木のアニキっすもんね!」
◇コメント
『お前が鈴木であることを否定する人はここに居ないんだ。胸を張って思う存分鈴木でいろ』
『鈴木だったらなんなんだよ』
『会話が無駄だらけだ。例えば、鈴木をひっくり返すとどうなる? そう、答えは木鈴だ。そんなことはわかりきっている。わかりきっているのを言うのは無駄なことだ』
◇
一悶着あったが、なんとかカフェの席に座ることができた。
「ブラックコーヒーとカレーを頼もうかな。シャンテルはどうする?」
「私はパンケーキとマンゴーフラペチーノを頼むっす」
◇コメント
『にしても本当に美味しそうに食べてるね』
『本当に腹が減ってたんだろうなぁ』
『聖女様が使っているストローを舐めたい』
◇
「鈴木のアニキ! このマンゴーフラペチーノ美味しいっすよ! 一口どうすか?」
◇コメント
『聖女様がマンゴーフラペチーノを勇者様に手渡してきた!』
『純粋無垢な笑顔で渡してるけど、間接キスになるって知らないのかな?』
『私が聖女様のストローを舐め回したい人生だった』
『あっ、勇者様。容赦なくストロー使って飲んだ!』
『てぇてぇ~』
『てぇてぇ~』
『あっ、今になって気がついたのか聖女様の顔がりんごのように赤くなってる』
『はよくっつけや』
◇
「お、お腹いっぱいっすね! と、とりあえずお会計は……」
4000円……? スパチャで貰った金額は3400円。初配信で稼いだのは500円前後。100円足りない。
瞬間、さっきまで熱かった身体が急速冷凍されていくように冷たくなっていく。
「どうしたシャンテル? 絶望した表情でレシートなんか見つめて、なにかあっ……」
鈴木のアニキも深刻な事態に気がついたようだ。100円足りないせいで、この店から出られないことに。
こうして、鈴木のアニキによる値下げ交渉が始まった。
◇コメント
『カフェで食べると、意外と高くつくよね』
『金足りないなら上げるよ?』
『ファイアビート¥3000これで払えるだろ』
『ナイスバ』
『でもさ、勇者様と聖女様。さっきからコメント欄見てなくね?』
◇
「勇者割引ってことで100円まけてくれませんか?」
鈴木のアニキは恥も外聞もかなぐり捨てて土下座しながら店員に懇願している。
「えっ、貴方は鈴木様ですよね?」
「確かに鈴木のアニキは鈴木という名字なんすけど、勇者様でもあるんす」
「えっ? 貴方、本当に勇者様なんですか?」
「勇者様じゃなくて鈴木なんですけど!」
「鈴木のアニキ、少し黙っててほしいっす!」
このあと、なんとか私達が勇者と聖女ということを信じてもらうことに成功した。その結果、鈴木のアニキと私のサインをお店にあげたら、100円まけてくれることになった。
ちなみに、鈴木のアニキは色紙に『鈴木』とだけしか書かなかった。