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第6話

その後全てを悟って黙り込んだ三人と、愛人が呼び入れた使用人達を全て衛兵に引き渡す。

 最初は大声を上げてはしたなく叫んでいた使用人もいたが、私やニコラス様の視線で黙り込む。職務を全うした衛兵達が屋敷を去ると、目の前には侍女長と執事長だけが残った。


「二人とも、顔を上げて。私を支えてくれて、心から感謝しているわ」

「勿体ないお言葉です……」

「誕生日を迎える数ヶ月はお祖父様に協力頂きますが……今後は私がこの屋敷を取り仕切ります。これからもよろしく頼みますわね」


 二人は深く頭を垂れ、それぞれの務めに戻っていった。

 静まり返った屋敷に、やがて使用人たちが次々と戻ってくる。そう、彼らは愛人達に辞めさせられた後、お祖父様の屋敷に一時退避していたのだ。侯爵家になんら関係もない男と愛人に、我が家の使用人を辞めさせる権限はなくってよ。

 お祖父様が手配してくれた馬車から荷物が下ろされる。私は見覚えのあるソレを見て、お祖父様へと声をかけた。


「お祖父様、お手間をお掛けして申し訳ございませんでした」

「いやいや、あれくらい問題ない。最初は荷物を運ぶように言われて少々驚いたがのう」


 大笑いをするお祖父様。

 そう、私はお母様の葬儀が始まる前に、お祖父様に協力を依頼していたの。お母様と私が大切にしている物を預かってほしい、と。だから大事な物を異母妹に奪われる事は無かったわ。特にお母様の形見と、私がニコラス様にいただいた物ね。

 お母様の形見は、侍女長と協力して少しずつ私の部屋に移動させていたの。それもあって、母の部屋に残っているのは思い入れのない……特に父であったあの男から渡された安物ばかりだったわ。

 それを喜んで身につけている愛人と異母妹が愚かに見えたのよ。


 その後次々に現れるドレス。これも私が避難させたもの。


「これは……私が贈ったドレスかな?」


 ニコラス様に言われて私は頷く。


「ええ。公爵家御用達の衣装屋にお願いいたしましたの」


 ニコラス様のご実家である公爵家と我が家の御用達である衣装屋に、幾ばくかの心付けを渡したら快くお願いしてくれたわ。以前縫った作品をゆっくり見る機会がないからありがたい、との言葉もいただいて。

 これで元通り。後はニコラス様との結婚を待つだけ。私が内心喜んでいると、ニコラス様が私の顔を覗いてくる。


「根回し完璧だね、ディー。私も君の婚約者として誇らしいよ」


 ニコラス様の視線は、まるで愛しい者を見るように温かい。そう……ニコラス様の仰る通り、ほぼ私の立ち回りは完璧だった。けれどもひとつだけ、心残りがあるの。


「でも、ひとつだけ……完璧ではないところがありますの……それは、あなた様の愛を、ほんの一瞬でも疑ってしまったこと」


 そう告げてニコラス様を見上げれば……呆然としたように、一瞬まばたきも忘れたニコラス様がいる。


「私……あなた様の事になると、冷静さを保てないみたいですの……そんな私でもよろしいですか?」

 上目遣いで首を傾げると、私の言葉を理解したニコラス様が微笑む。けれども、美しい笑みとは裏腹に、瞳の奥に熱を孕んだような情熱が揺れている。ニコラス様の目に吸い込まれそうになった私は思わず、ニコラス様の胸に飛び込んでいた。

 彼は私を優しく抱きしめると、額に軽い口付けを送る。そして――。


「そんな可愛らしいディーを私が離すわけないじゃないか……こんな私で幻滅するかい?」

「いいえ、むしろその手を離さないでくださいまし。離されたら寂しいですわ」

「なら今日はずっと共にいようじゃないか」


 嬉しさから顔を綻ばせた私を、ニコラス様は優しく抱擁してくれた。






 その後の屋敷内ーー。


「儂もいるんじゃがぅ……ニコラスよ、陽が落ちる前には帰宅するんじゃぞ?」

「義祖父様。今日は、この屋敷に泊まります」

「いやいや、かえ――」


 お祖父様の言葉を遮るように現れたのはお祖母様だった。


「あら、いいじゃありませんか。ニコラス、婚約中の節度だけは守りなさいな?」

「はい、義祖母様」

「シンディー、私たちは別邸にいるわね。ほら、私たちはこっちよ、あなた」

「ああぁぁぁぁーーーーー……!」


 お祖父様の叫び声が屋敷内に響いたのだった。


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