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第19話 なぜ彼をかばったのか


三人の視線が交錯する。

遥は一歩も引かない姿勢で、空気がしばし張り詰めた。


「どれくらい付き合っていたんですか?交際中、高額なプレゼントやお金を受け取ったことは?彼は普段どんな仕事をしていると言っていましたか?」


先頭に座る馬場が、再び問いかける。


遥はふっと笑い、鋭い目で馬場に視線を送った。

「馬場さん、どうやら私のさっきの話を勘違いされたようですね。私は“知っていることを説明する”と言いましたが、ここで犯罪者扱いされて尋問を受けるつもりはありません。あなたの態度には非常に不快感を覚えます。」


彼女はすっと立ち上がる。

「これ以上、協力はできません。この録音データは必ず上司にそのまま提出してください。」


下田の顔が強ばる。

「その態度は何だ?」


「馬場さんがその態度なら、私も同じです。」

遥は腕を組み、一歩も譲らない。


「女性って、みんなこんな感情的な対応しかできないのか?」

馬場が思わず口にした。


遥は完全に顔色を変え、隣の女性同僚に向き直った。

「今の馬場さんの発言、あなたはどう思いますか?」


馬場は自分が悪いとは思っていない。むしろ、遥がわざと話をこじらせて時間稼ぎしているのでは、と疑っていた。


だが、女性同僚は顔を上げて、きっぱりとした口調で言った。

「早川さんの言うことに問題はないと思います。それに、今の発言は明らかに侮辱的です。」


職場に横たわる見えない性差の壁が、今、むき出しになった。


女性が職場で受ける悪意や偏見は、想像以上に根深い。多くの男性は無意識のうちに女性を見下す態度を取ってしまう。自分たちはどんな行動も正当化する一方、女性が同じことをすれば「感情的」と決めつける。


調査チームの中に一瞬で亀裂が走った。


馬場は最後の男性メンバーに目を向ける。彼はしばらく視線をさまよわせた後、口を開いた。

「確かに、言い過ぎだ。」


馬場の顔は引きつり、少しの間沈黙したが、深く息を吸い込んだ。

「……分かった。すみません。もう一度、調査に協力してもらえますか?」


馬場の折れた様子から、遥はすぐに察した——調査チームは何も掴めていない。だから彼女から情報を引き出したいのだろう。

誰の指示であれ、自分はやましいことは何もない。


「いいですよ。」

遥は落ち着いて席に戻った。


馬場も態度を改める。

「裕久さんとの関係は?」


「関係は単純です。彼が私にアプローチしてきて、社内でも結構騒がれていました。その後、私も付き合いましたが、基本的には週末に会うだけで、食事に誘われることが時々あったくらい。高額なプレゼントはもらっていません。」


「でも、伊藤さんが限定バッグを予約して、誕生日にあなたに渡そうとしていたと聞いています。」


「知りませんでした。」

遥は冷静に答える。

「彼の誕生日当日、私は彼と別れました。」


「別れた理由を教えてもらえますか?」


「もちろんです。彼が浮気していたからです。それも、同時に二股をかけていました。しかも、その女をパーティーに連れてきました。そんな人と付き合う理由はありませんよね?」


「その話、どうやって確認すればいいですか?」


「嘘をつく理由なんてありません。」

遥はシャツの一番上のボタンを外した。襟元から、首筋に残るあざがはっきりと見えた。


「一昨日の夜、飲み会の後、彼が私の家の前で待ち伏せしていて、襲われそうになりました。未遂でしたが、既に警察に被害届を出しています。」


スマホのアルバムを開き、日時の入った傷の写真を見せた。

「その夜、彼は警察に連行されました。」


話し終えた遥を、三人は黙って見つめていた。


彼女は馬場をまっすぐ見て、はっきりと言った。

「私が、私を襲おうとした元恋人をかばう理由、どこにありますか?」


「じゃあ、別れる前は?彼から何も聞かされていないんですか?」


「彼はただのクズで、バカじゃありません。付き合って三ヶ月も経ってない相手に悪事を話すわけがないでしょう?」


遥は皮肉げに微笑む。

「そんなことしてたら、私が通報する前に捕まってますよ。」


馬場は返す言葉もなくなった。この線は、完全に途切れた。


遥がオフィスに戻ると、あちこちから刺すような視線が集まった。

彼女は背筋を伸ばし、席に着いた瞬間、ささやき声が毒のように広がる。

小林雪は顔を青ざめさせ、遥のあとを追って洗面所に駆け込んだ。


「まったく!」

小林雪は悔しそうに歯ぎしりする。


遥は冷たい水で顔を洗った。


三原ホテルに入社したばかりの頃、安っぽいビジネスバッグを持っていたことで陰口を叩かれ、学生みたいだと笑われたこともあった。あの視線が背中に刺さるように感じたものだ。


だが今、そんな視線はもはや彼女を傷つけない。他人の評価など、彼女の人生のほんの一部にもならないし、歩む道を揺るがすこともない。


「怒る価値もないわ。」

彼女はティッシュで手を拭いながら言う。

「陰でしか悪口を言えない連中よ。本当に面と向かったら何も言えないくせに。」


小林雪は興奮気味に、「本当にあいつらの口を裂いてやりたい!で、さっきは何を聞かれたの?」とたずねる。


「彼の件。」


「まさか……。早川さんも社長の事件に関わってるって疑われてるの?」

小林雪が呆れたように目を見開く。


遥は「仕方ないね」と言いたげな目で彼女を見て、黙ってうなずいた。


「信じられない……。それって、もうあなたを犯人扱いしてるってことじゃない?もしかして、解雇とか、自宅待機とか言い出すんじゃないの?」

小林雪は驚きで声を上げる。


遥はティッシュを丸めて、正確にゴミ箱に投げ入れた。

「もし本当にそんなことになったら——」


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