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第21話 新たな友達申請?


「正直に言うと、あなたは最初から私の候補じゃなかった。でも今日のあなたの行動を見て、若い頃の自分を思い出したわ。周囲がどう思っているかは知らないけど、直属の上司として、あなたがグループのために尽くしてきたことを“A評価”に値すると認める」


この言葉の重みを、早川遥は痛感せずにはいられなかった。


彼女には後ろ盾もなく、入社したばかりの頃は、その容姿の良さが逆に噂の的となった。

アプローチを断った男性社員から陰口を叩かれたこともある。もちろん、親切にしてくれた同僚もいたが、心無い言葉の方が記憶には強く残っている。


「しっかりやりなさい。これからは一番厳しい基準であなたを評価するわ。ポストはここにあるけど、座れるかどうかはあなた次第よ。」鈴木蓉子の口調は厳しくも、公平だった。


早川遥は深く頷き、真剣な面持ちで言った。「ありがとうございます、鈴木課長。」


「それと、これも。」鈴木蓉子は書類を彼女の前に差し出した。「知っておいた方がいいわ。」


受け取ったのは、管理職だけに配信される内部メールだった。

彼女が通報したことで、社内フォーラムの誹謗中傷スレッドはすでに削除されていた。

投稿者のIDは総務部の佐藤双葉と判明し、現行の規則により鈴木蓉子が対応を求められていた。


鈴木蓉子はもともと佐藤双葉に良い印象を持っていなかった。佐藤双葉の背後にいる伊藤家はグループ内で私腹を肥やし、マネーロンダリングに関与している疑いがある。田中和夫とも深い繋がりがあり、佐藤双葉が総務部に入れた理由も、鈴木蓉子にはよく分かっていた。


佐藤双葉を選ぶということは、部門を彼らに明け渡すのと同じだ。

それに、この女は度量が狭く、やり方もきれいではない。

出世欲はあってもいいが、悪どいやり方は許せない。鈴木蓉子はそういう人間だった。


今回、彼女が早川遥を庇ったのも、単なる正義感からではない。田中和夫と佐藤双葉が自分を踏み台にしようとする動きを、ここで食い止める必要があった。今はそのためのチャンスでもあり、早川遥に貸しを作るのも悪くないと考えたのだ。


早川遥もその意図をすぐに察し、顔を上げて答えた。


「分かりました、鈴木課長」


フォーラムの騒動は、わずか30分で収まった。

今や給湯室で早川遥と顔を合わせたり、目が合った同僚たちは、そそくさと視線を逸らすか、ぎこちなく笑うしかなかった。


早川遥は平然とした態度を崩さず、逆に周囲の方が落ち着かない様子で、タピオカミルクティーを奢ろうとしたり、投稿者を非難して必死に同僚関係を修復しようとする始末だった。


それを見て、小林雪は鼻で笑った。


「どうせ鈴木課長の部屋から余裕の顔で出てきたから、手のひら返してるだけよ。田中和夫なんて一番最悪。入社したての頃、あなたにすごく付きまとっていたのに、相手にしなかったらすぐ他に行って、挙句の果てに“あいつは自分には釣り合わない”なんて言いふらして…。あのフォーラムでも絶対裏で煽ってたはず。今やあなたを見ると猫を見たネズミみたいに逃げて、本当に情けない男よ」


食事を済ませた早川遥がスマホをいじり始めると、小林雪がデザート片手に寄ってきた。「何見てるの?」


遥は一見、何気なくSNSをチェックしているように見せつつ、実は顧客の動向を細かく観察していた。


「ねえ、新しい友達申請きてるよ!」と、小林雪が画面を覗き込み、指でトントンとタップした。「この人…タイムライン全部、深沢グループの情報ばかり?もしかして、こないだ名刺くれた深沢グループの…」


遥の心臓が一瞬跳ねた。深沢陸?前にブロックされたはずなのに、なぜまた申請が…?


「とりあえず承認しておけば?顧客候補は多い方がいいし。」小林雪はそのまま「承認」を押した。


トーク画面が開かれた頃、会議中の深沢陸はスマホを弄びながら、「相手が入力中…」の表示をじっと待っていた。


「この成長率データ、やり直し。」と、赤外線ポインターで画面を指し示す。

「はい、社長!」と部下が慌てて応じる。


再びスマホを見たが、画面は静かなまま。

深沢陸の表情がどこか険しくなり、報告中のマネージャーは思わず息をのんだ。


一方、早川遥はすでに彼を頭から追い出していた。

もっと大事なことを思い出したのだ。


「尾上さんがアミビューティーセンターにいる!すぐ行かないと!」


「え?」小林雪が眉をひそめた。「やめた方がいいんじゃない?この前、会場貸してって言ってたのに、結局その仕事も佐藤双葉に回してたじゃない。去年、佐藤双葉が偉そうにしてたの、もう忘れたの?また行くの?」


遥はバッグも持たずに立ち上がる。「鈴木課長に聞かれたら、そう伝えておいて。今すぐ会わないといけないの、理由は後で話すから!」と言い残し、すぐさま駆け出した。


小林雪は困惑しつつも、うなずくしかなかった。


アミビューティーセンター


早川遥は受付に、手土産のアフタヌーンティーを差し入れた。


「早川さん、本当に久しぶりですね!前回のケアはいかがでしたか?」

笑顔で応じる早川遥。

ここに頻繁に出入りできるよう、年会員にもなっている。

富裕層の女性たちが何より手放せないのは、こうした全身ケアなのだ。


尾上さんのSNSの位置情報がアミビューティーセンターになっていること、新しい痩身コースが始まったことから、彼女の目的もすぐに見えてきた。


少し会話を交わした後、「今日はたまたま近くまで来たので、新しいコースがあるか見てみたくて」と話すと、

「ちょうどよかったです。前回ご一緒だった尾上さんも今日いらしてて、新しいコースを体験したいとおっしゃってます。一緒にどうですか?」と受付が勧めてくれる。


「ぜひ。」と遥は目線を落とした。

アミのサービスはやはり一流だ。

早川遥がどこで働いているか、顧客たちはよく知っている。賢い人たちとのやりとりは、余計な気苦労がなくて済む。


休憩スペースに少し遅れて到着すると、尾上さんは優雅にお茶を楽しんでいた。


東京の富裕層の輪は閉鎖的だ。

表向きは華やかでも、尾上さんでさえ、中心にはなかなか食い込めない。

彼女は夫と二人三脚で成功を掴み、今は専業主婦として、夫の取引先の奥様たちと付き合う日々を送っている。


「尾上さん。」遥は腰掛け、穏やかな口調で話しかけた。「この季節、花粉症が辛くなりませんか?」

そう言いながら、テーブルの花瓶をさりげなく遠ざける。


尾上さんは少し驚いた様子で振り返った。「ケアを受けに来たの?」


遥は落ち着いた笑顔で言った。「そう言いたいところですが、正直に言うと今日はあなたに会いに来ました。」


尾上さんは視線を落とし、お茶を一口飲む。

「でも最近は御社とは取引がないし、担当は主人です。わざわざ来ても、時間の無駄じゃない?」


遥はスマホの画面を見せながら答えた。

「でも、これを見ていただければ、無駄だとは思わないはずです。」


画面の写真を見た瞬間、尾上さんの表情が一変した。


「これは、どういうこと?」

「実は、契約前に急に話が変わったのは、藤木さんの営業が私より優れていたからじゃありません。不正な手段で仕事を取っていると、誰かに聞かされたからですよね。その時は何も言いませんでしたが、今日は事実をお伝えしたくて来ました。藤木さん、実はもう一年以上、あなたのご主人の愛人なんです。」

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