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第25話 これも越権行為?


藤木真実は黙ったまま、深沢陸も言葉を発しなかったが、明らかに早川遥の側に立つような立ち位置だった。

彼女はふと微笑み、「陸くんは昔から変わらないわね。学生時代、私が準備運動をせずに腰を痛めたときも、同じように心配してくれたのよ。早川さんはテニスの経験、あるの?」

この「陸くん」と「早川さん」の呼び方だけで、関係性がはっきりと伝わってくる。


早川遥と深沢陸の間にはあらかじめ決めたルールがあり、高橋時生のように知っている人の前では、わざわざ距離を置く必要はなかった。そうでなければ、かえって深沢に恥をかかせてしまう。

以前は人と接するとき、こういったことを気にしたこともなかったのに、今は週末のパートナーのためにいろいろと考えなければならないとは、自分でも不思議に思う。

深沢陸が何も紹介しなかった以上、早川遥もわざわざ藤木真実に話しかけるつもりはなかった。

自然と少し距離をとり、深沢陸との間をあける。「佐藤さん、恐縮です。私が不器用で、なかなか動きがうまくできなくて……深沢社長は、私が足を引っ張らないか心配で、ちょっとアドバイスしてくれただけです。」

その口調は程よく距離を保ちつつ、空気も読んでいる。


だが、深沢陸の顔色は一瞬で険しくなり、じっと彼女を見つめていた。どうやらその対応には納得していないようだった。

藤木真実の方はむしろ満足そうで、早川遥の態度から、きっと普通の家庭の出だろうと想像し、もう気にもとめずに深沢陸の腕を取った。

「陸くん、今月後半に試合があるから、今日は特別に練習しに来たの。一緒にやってくれるでしょう?」

そう言いながら、深沢の手を自分の体に寄せる。早川遥は、ここにいるのが余計だと感じた。


深沢陸は眉をひそめて、「もう大人なんだから、そんなことするな。」

藤木真実はそんな言葉には慣れっこで、にこにこと笑う。

「何を気にするの?皆、私たちが幼なじみだって知ってるのに。それに私、もうすぐ卒業だから、お父さんがあなたの下で仕事を学べって言ってるの。」


深沢陸は冷たく返す。「深沢グループに入れるかどうかは自分の実力次第だ。君みたいに気まぐれな性格じゃ、俺は使いたくない。」


藤木真実が海外で学歴を取っただけで深沢グループに入ろうとしても、彼女の父親が役員でも、深沢陸の前ではそんな抜け道は通用しない。

高橋時生も、彼女がうまくいかないことは分かっていた。子供の頃から、深沢陸が彼女に本気で目を向けたことなど一度もない。

今日だって、早川遥がここにいるのはその証拠だ。

「早く着替えてきなよ、練習したいんでしょ!」

気まずい空気に、高橋時生が間に入って促す。

藤木真実は去り際、早川遥に鋭い視線を投げた。

早川遥は内心、首をかしげる——自分は何もしていないはずなのに。


「人数増えたけど、どうチーム分けする?」と西谷勇太がぼそっと言う。

「弘也も呼んでこいよ。そろそろ商談も終わるだろうし」と高橋時生が舌打ちしながら答える。

二人が相談している間にも、早川遥と深沢陸の間には微妙な空気が漂う。


「さっき、なんで避けた?」と深沢陸が切り出す。

早川遥はまばたきしながら、「藤木さんがどんな立場か分からなかったし……それに、ちょっと行き過ぎたかなって。」

「腰を支えたくらいで越権?じゃあ、俺のベッドで……」

早川遥は思わず大きく目を見開き、慌てて彼の口をふさごうとする。「社長、やめてください!」

プライベートならともかく、知り合いの前でそんなこと、恥ずかしくて言えない。

自分は彼女でもないのに、そんな主張する立場じゃないし。

それに、さっき何の合図もなかったのに、彼の気持ちを勝手に推し量ることなんてできない——そんな責任は負えない。


ちょうどその時、西坂弘也がやってきた。

男性陣が集まり、早川遥はやっと一息つく——このまま話が続いたら耐えられなかった。

みんな藤木真実を待っていて、高橋時生もいら立ち、連れてきた西谷勇太に小言を言う。

ようやく、藤木真実が現れる。

カスタムメイドのテニスウェアに身を包み、ピンクのセットアップに白いリストバンド、ツインテールでまるで学生のような雰囲気だ。


「早く練習相手呼んで、コートも足りてるし」と高橋時生が急かす。


チーム分けのとき、西谷勇太が「くじ引きで色分けにしよう」と提案。

だが藤木真実は無視して、深沢陸の腕を引き寄せる。「陸くんは絶対私と一緒。あとは勝手に決めて。」

「ダメだよ、くじ引きって決めたんだから」と高橋時生が一蹴し、男女それぞれがくじを引くことになった。


早川遥がくじを引こうとしたとき、指先が深沢陸の手の甲に触れ、ビリッとした感覚が走る。

わざとなのかと疑ったが、彼は表情ひとつ変えず、気のせいかと思い直す。


「私は赤」と紙を開いて告げる早川遥。

ずっと彼女を見ていた藤木真実は、ほっとしたように息をつく。しかし、深沢陸の無表情な顔を見て——彼を知る者なら分かる、不機嫌な証拠だ。

男子のくじでは、西谷勇太が「俺も赤だ!」と嬉しそうに言う。

彼は早川遥の隣にやってきて、「テニスの腕前は?俺たち、勝ったら飯おごるって賭けしてるんだ。」

その賭けの内容を知っている早川遥は、一試合で車一台分だと聞いてプレッシャーを感じる。「正直、あまり得意じゃないので……やめておいた方がいいんじゃないですか?」

真剣な表情に、西谷勇太も思わず笑ってしまう。

守ってあげないといけないタイプかと思いきや、意外と率直な人だった。


吉田玲奈は深沢陸と同じチームを引き当てたが、藤木真実に譲ることになった。

元々高橋時生と組みたかった吉田玲奈は、何の異論もなくチームを交換。

西坂弘也は練習相手役——ここに呼ばれるだけあって、実力は確かだ。チーム分けが終わり、いよいよ試合開始。


高橋時生は藤木真実と同じチームになるのを避け、西谷勇太を引っ張って「男女混合ダブルスでいこう!」と提案するのだった。

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