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第26話 彼が巻き込まれたトラブル?


テニスなんて、早川遥は卒業してからほとんどラケットすら触れていなかった。

仕事が忙しいのもあるし、一人で完結できるナイトランの方が好きだった。テニスは相手が必要で、時間を合わせるのも面倒だ。


気づけば、何年もラケットを握っていない。


西谷勇太が軽く肩を叩き、明るく言った。「緊張すんなよ。俺がついてるから。」


遥はちょっと失敗しないか心配だったが、始まってみれば勇太とのコンビネーションは意外とうまくいった。

勇太は、見た目は華奢なのに遥のショットに意外なパワーがあることに驚き、休憩中に話しかけてきた。「普段からジムとか行ってるの?」


「うん。」と遥は答えた。激務の中で体調管理は必須だし、ランニングは貴重な自分だけの時間だった。


「すごいなー。俺なんかジム通い続かないよ。あそこ行くのはキレイな子を見たいだけだし。」と勇太はあっけらかんと言った。


勇太と一緒だと、遥も気が楽だった。


一方、高橋時生と吉田玲奈のペアは少し苦戦気味。

勇太は玲奈の弱いところばかり狙ってくる「ずる賢さ」で、時生がどれだけ頑張っても流れを変えにくい。

でも、ただのレクリエーションだし、みんな夢中で、隣のコートの空気には気づかなかった。


西坂弘也と深沢陸は、最初からピリピリした雰囲気。

弘也のペアは全力だが、藤木真実は全く試合に集中しておらず、ずっと深沢の方ばかり見ている。


時生でさえ玲奈を気遣っているのに、深沢は真実にまるで無関心。

その態度に、真実の苛立ちは限界だった。ちょうどその時、弘也の打ったボールを取れずに、顔を上げると深沢の冷たい視線とぶつかり、堪えていた悔しさが爆発した。


「もうやめる、休憩!」とラケットを置いた。


弘也はお嬢様のわがままには構わず、ペアと練習を始めた。


深沢は真実を無視して水を取りに行くが、視線は再び勇太とコートに戻った遥に向けられていた。

喉仏が動き、じっと遥を見つめている。

真実はその様子を見て、思わず遥の方を見た。


遥が目立つのは認める。男が惹かれるのも理解できないことはない。

だが、今まで何も映らなかった深沢の目に「特別」が浮かんだ瞬間、その「特別」が心に棘のように刺さる。


「あなた、私と練習して!」と真実はペアを指名し、隣のコートに移動してきた。ちょうど遥たちのすぐそばだった。


コートの四人は試合に夢中で、周りを気にしていなかった。遥は徐々に調子を取り戻し、しなやかな動きで打ち返していく。

体にフィットしたウェアがバランスのいいラインを強調し、長い髪がラケットの動きとともに美しい弧を描き、周囲の視線を集めていた。


勇太もどんどん調子が上がり、どうやって時生に一泡吹かせようかと考え始めていた時、突然、隣からボールが飛んできて、鼻先をかすめて遥の顔めがけて一直線!


「危ない!」勇太が叫んだその瞬間、深沢が鋭く叫んだ。


だが、間に合わなかった。

遥は胸に強い衝撃を感じ、激痛に息が詰まる。ラケットを落としそうになり、顔から血の気が引いた。


「えっ、ごめんなさい!当たっちゃった?大丈夫?」真実がその場で口元を押さえ、無邪気な顔で言った。


遥は痛みに声が出ず、思わず息を吸い込む。

玲奈が叫びながら駆け寄る。「大丈夫?」


時生の顔色が険しくなり、真実を睨んだ。「どこ見て打ってんだ?下手なら振り回すなよ!」


真実はこんな風に人前で叱られたことなどなく、しかも相手は時生だ。すぐに言い返す。「わざとじゃないし!テニスなんてミスもあるでしょ?治療費なら出すから!」


遥は真実の芝居がかった態度を見て、わざとだとすぐに察した。

玲奈は助け起こそうとするものの、どうしていいか分からず手が止まる。勇太も立場上、手を出せない。

深沢は人をかき分けて素早くやって来た。顔は今にも雨が降りそうなほど険しい。


弘也は一瞥し、真実を見てあからさまな嘲笑を浮かべた。

こういう手で深沢を振り向かせられると思っているのは、よほどのお馬鹿さんだ。


「痛むか?」深沢がしゃがみこみ、声に微かな緊張が混じる。


勇太はこんな深沢を見るのは初めてで、時生に目配せした。

だが時生は邪魔されたことに腹を立てていて、気づかない。


遥はしばらくしてから首を振った。「大丈夫。」

最初の激痛は引いたが、当たった場所を思えば平気なふりはできない。

相手が「事故」だと言い張る以上、ここで食い下がれば自分が悪者になる。

本当に、こういう図太さには感心する。


真実は深沢の関心を引くためにやったわけではない。

彼女はすぐに近寄り、深沢の袖をつかんで「怒ってないよね?私、下手で本当にわざとじゃないの……」と身体を揺らす。


遥は心の中で呆れた。芝居が下手にも程がある。

立ち上がり、平然とした口調で言った。「怒ってませんよ。ただ、佐藤さんはテニスは苦手でも、コントロールとパワーだけはなかなかですね。」


その言葉に、真実はすぐに表情を変えた。「何それ?ちゃんと謝ったじゃない!」


「そのままの意味ですよ。褒めてるんです。」と遥は勇太に向き直る。「試合、続けましょう。」


くだらない茶番に付き合うより、テニスの方がましだ。


勇太は深沢の様子を見て、遥をこれ以上コートに立たせる気にはなれなかった。

わざと大げさに足を押さえて、「いやー、歳のせいか足がガクガクでさ、ちょっと休憩しよ。代わりに深沢さん、頼むよ。」


遥は髪を耳にかけ、深沢に微笑んだ。「深沢さんはお忙しいでしょうし、ご遠慮します。」

彼が巻き込んでるトラブルに、なぜ私が付き合わなきゃいけないの?

お嬢様の痴話げんかには付き合う気はない。


勇太は面白がって、「弘也ー!代わりに頼む!」とコートに向かって声を上げた。

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