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第29話 線引き


屋外の駐車場で、男が女を抱きかかえている光景に、通行人たちが思わず足を止めて見入っていた。


早川遥には、西坂弘也が一体何を考えているのか、さっぱり分からなかった。


弘也は遥をそっと下ろして、助手席のドアを開ける。「乗って。」


遥が口を開きかけたその時、弘也の目配せに気づいた。視線の先に目を落とすと、タイトスカートのサイドに、いつの間にか大きな裂け目ができていた。下に着ていたインナーの色まで見えている。まさか、それでさっき抱き上げてくれたのか?


「早く、送るから。」弘也は淡々と言った。


遥はバッグで破れた部分を隠しながら、さっき慌てて手すりをつかんだ時に破れたのだろうと気づく。もう迷わず、助手席に滑り込んだ。


「住所は?」弘也が運転席に回りながら尋ねる。


「自宅まで。スカートもこんなだし、着替えたいから。」


弘也は一瞥して車を発進させた。「賃貸?それとも持ち家?」


「持ち家。実家を売って頭金にして、ローンもかなり残ってるけど。」遥はあっさりと答えた。


「正直なんだな。」


「言ったところで、あなたが何か狙うわけじゃないでしょ。」


弘也はそれ以上何も言わなかった。遥が素直に車に乗ったのも、彼に男女の気配を全く感じなかったからだ。彼女の勘は昔から鋭い。幼い頃から言い寄ってくる男は絶えなかった。


駐車場の出口に差しかかった時、突然、黒いセダンが横から猛スピードで割り込んできた!弘也はとっさにブレーキを踏む――


「キィィィ――!」


耳を突くタイヤの音が車内に響いた。遥の心臓は飛び出しそうになったが、幸いどちらの車もスピードは出ていなかった。


「ピロン――」


バッグの中のスマートフォンが震える。


「出ないのか?」弘也が彼女を見つめる。


遥は反射的にスマホを取り出す。画面に表示された名前に、思わず息をのんだ――深沢陸。


「……もしもし?」


男の冷たい声が鼓膜を突き刺す。「車から降りろ。」


遥は勢いよく顔を上げて、向かいの黒い車を睨む。真っ黒な窓から中は見えないが、あの傲慢なナンバー、間違いなく本人だ!


怒りが一気にこみ上げる。藤木真実の件で彼女に文句をつけに来たのか?


「降りない!」と即座に電話を切り、顔を背けた。


弘也は興味深そうに眉を上げる。対向車のエンジン音が高まり、今にも突っ込んできそうな気配だ。


遥の目が細くなる。――この人、本気でやる気!?


「カチャッ」とドアロックが外れる音。弘也が少し困ったように言う。「見ただろ?君が降りないなら、この新車が無事じゃ済まなくなる。」


遥はようやく気づいた。最初から弘也の態度はどこかおかしかった。彼は紳士でも何でもなく、最初から深沢を挑発するつもりだったのだ!


「私を乗せたのは罠?何がしたいの、彼を試したいの?」遥は核心を突く。


弘也は指先でハンドルを軽く叩いた。「ちょっとしたテストさ。もう、答えは出た。」――高橋の言った通り、やっぱり違うな。


遥は呆れて目をそらす。どいつもこいつも、ろくでもない!


シートベルトを外し、車を降りると、深沢の車には目もくれず出口へと歩き出す。


警備員が慌てて門を閉める。高級車同士がにらみ合うかと思いきや、黒い車はゆっくりとバックし始めた。弘也は窓を開け、深沢の方に意味深な笑みを浮かべて、颯爽と走り去る。


遥はバッグでスカートの破れを必死に隠し、足首の痛みをこらえながら、足を引きずって歩き続ける。みじめなのは慣れているが、高級車がゆっくりと後ろをつけてきて、通りの視線を一身に浴びるのは、さすがに腹立たしい。


深沢の車はしつこく後ろをついてきて、時折クラクションまで鳴らす。


遥は意地になって、道端のベンチに腰を下ろし、スマホでゲームを始めた。ついでにバスを待つことにする。こんな面倒な相手、さっさと縁を切るに限る。どうせ彼の周りの面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


車のドアが開く。圧倒的な存在感を放つ男の影が、彼女の前に立ちはだかる。下校中の学生たちが興味津々で眺め始める。遥は目を伏せ、存在を無視した。


男は彼女の前でしゃがみ込み、いきなり足首に手を伸ばす。


遥はとっさに足を引っ込めて立ち上がろうとするが、深沢が後ろから腰を抱き上げ、そのまま肩に担いでしまう!


その体勢でスカートの破れはさらに危うくなる。遥は必死に隠しながら怒鳴った。「深沢さん、降ろして!聞こえてるの?」


深沢は無言のまま車まで歩き、彼女を後部座席に押し込んで自分も乗り込むと、冷たく命じた。「出発して。」


「かしこまりました。」


遥は頭がくらくらしながら体を起こそうとしたが、深沢は彼女の足を膝の上に乗せて、ハイヒールを脱がせ始める。


前の席には西尾と運転手がいるのに、こんなことまで――。遥の顔は一気に真っ赤になった。


「動かないで。」深沢は冷たく一瞥し、用意していたアイスパックを腫れた足首に押し当てる。


「っ……!」冷たさに遥は思わず息を呑む。溶けた氷水が高級スーツを濡らしても、深沢はまるで気にしていない。


「人に当たり散らして、無理して歩くつもりか?足を壊す気か?」深沢の口調は厳しい。


遥は皮肉に笑った。「あなたのせいでしょ。」


「お互い様だ。そもそも俺と無関係じゃないだろ。」深沢は言い返す。


「私のせいにしないでよ!藤木真実が私に絡んだのは、私があなたを誘惑したって疑ってるからでしょ?」


深沢はもう片方の手で彼女の膝を押さえ、指先でそっとなぞるようにしながら、平然とした声で言った。「まあ、その点に関しては、彼女も間違ってはいないな。」


遥は思わず目を見開いた。今さら何を――。確かに最初は復讐心もあったけど、今は……。


「君は最初から俺を誘っていた。」深沢は当然のように言い、前席の西尾はそっと仕切りを上げる。


遥は怒りに震えた。


「もう、終わりにしよう!」

「何が?」

「私たちの関係、ここで終わり。」

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