彼女の足は透き通るように白く、爪先には鮮やかな赤いネイルが塗られている。足の甲から足首にかけてのラインは、まるで人を惹きつけるような美しい曲線だ。
陸はこれまで女性の足など気に留めたことがなかったが、遥のその足だけはなぜか特別に惹かれてしまう。
遥は足首をしっかりと掴まれたかと思うと、次の瞬間には体がふわりと引き寄せられ――陸がソファの向こう側から一気に自分の隣に引き寄せたのだった。
遥は思わず目を見開く。だが顔にはシートマスクを付けていたため、下手に動かしてシワでもできたら大変だと、内心焦る。
陸はそんな彼女の驚きをよそに、テーブルの上の薬用オイルを手に取り、両手で温めてから彼女の足首をマッサージし始める。その力加減は絶妙だった。
遥は彼の横顔を見つめながら、なぜか少しだけ罪悪感を覚える。
どうせなら彼に「恩知らずだ」とか「薄情者」と責められた方が、よほど気が楽だった。こんなふうに無言で怪我の手当てをされる方がよほど堪える。
手持ち無沙汰になった遥は、プロジェクターをつけてリビングのスクリーンにバラエティ番組を映し出す。
陸の手はリズミカルに彼女の足首を揉んでいる。しばらくすると、遥はクッションを抱えたまま眠気に襲われ、徐々にまぶたが重くなっていった。
ふと我に返ると、すでに空気が変わっていた――陸の手はもう足首にはなく、スカートの裾から指が滑り込んでくる。布地が指先で持ち上げられた瞬間、二人の呼吸が乱れる。
その後のことは、遥もよく覚えていない。
ただ、彼の額から滴る汗が自分の肌に落ちて熱かったこと、普段ならとても口にできないような言葉を無理やり言わされたこと、声がかすれ腰が砕けるほどになってようやく彼が満足したことだけは、ぼんやりと記憶に残っている。
夕暮れ時の柔らかな光が窓の隙間から差し込み、彼女の体を照らす。その姿はまるで西洋絵画の少女のようだ。
白い肌の産毛さえ金色に輝き、遥はぼんやりとした目で息を整え、全身が脱力して動く気力もなかった。
陸は静かに毛布をかけ、後片付けを済ませてからキッチンへ行き、温かい水を一杯用意して戻ってきた。
遥は彼の手を借りて半分ほど水を飲むと、顔をそむけてしまう。
「甘えてばかりだな」と陸は苦笑した。
遥は目を開けるのも面倒で、そのまま休んでいたが、目の前に湯気の立つラーメンが運ばれてくると、驚いて体を起こした。「これ、あなたが作ったの?」
陸は答えようとしたが、視線が彼女の首筋に残る赤い跡に移り、目つきがより鋭くなる。
遥はあわててバスローブをきゅっと合わせ、浴室へ向かう。「絶対についてこないでね。」
本当にお腹が空いていた。もし彼がついてきたら、このラーメンも食べられなくなるに違いない。
今回はシャワーも手早く済ませた。髪は半乾きのまま出てくると、陸はダイニングテーブルに座って書類を読んでいた。玄関にはジャケットが掛けられ、シャツの袖は肘までまくり上げ、そばにはコーヒーカップが置かれている。香りですぐに自分が通販で買ったインスタントだとわかった。
「それ、口に合う?」 普段こういう人はハンドドリップしか飲まないと思っていた。
陸は彼女の声が少しかすれているのに気づき、温かい水を差し出した。「まずは喉を潤して。」
遥は少し気まずそうにうつむきながら麺を口に運ぶ。見た目はちょっと伸びているけど、味は意外と悪くない。
「料理もできるんだ?」
「まあな」と、陸はまたぶっきらぼうな口調に戻る。
遥は最初から彼に甘い言葉を期待していない。ベッド以外では、この男はほとんど木石のようなものだ。
彼女はあっという間にラーメンを平らげ、片付けようとしたが、陸が先に立ち上がって食器をキッチンに運んだ。遥はドア枠にもたれて彼の後ろ姿を眺める。
「何か言いたいことでも?」 陸は振り向かずに尋ねた。
「あなたが皿洗いしてる写真、こっそり撮ってゴシップ誌に売ったらいくらになるかなって。」
「ベッド写真のほうが、もっと高く売れるだろうな。」と、淡々と返す。
「……」 遥は呆れた顔で目をそらし、部屋に戻ってヨガウェアに着替えた。食後の運動くらいはしたいが、今日は足が痛くて外に出る気になれず、家でストレッチすることにした。
陸はまだ帰らず、ソファで深沢グループの書類に目を通していた。電話もひっきりなしにかかってくるが、遥は邪魔しないようにしていた。
やがて授業の時間になり、遥はノートパソコンを取り出してオンライン授業を受ける準備をする。ダイニングテーブルには行かず、リビングのローテーブルであぐらをかき、タブレットを膝に置いてノートを取る。髪はお団子にまとめ、体を軽く伸ばしながらも、視線はしっかりと画面に向けられている。
「フランス語を勉強してるのか?」陸が何気なく尋ねる。
「うん。」
遥は「そんなの役に立たない」とでも言われるかと思ったが、陸は彼女のノートを手に取り、いくつかの疑問点を指さして丁寧に解説し始めた。
深沢グループの跡継ぎなら、何カ国語か話せて当然だろうとは思っていたが、彼の解説がここまで明快だとは予想していなかった。
「他にも何か勉強してるのか?」と、陸はソファの後ろの大きな本棚に目をやる。
遥は画面を見つめたまま頷き、鼻眼鏡を直す。「仕方ないよ。自分を磨き続けなきゃ、大企業には私より優秀な人がいくらでもいるから。」
彼女の学歴は決してトップクラスではなく、会社の新しいインターンたちはみんな強力なバックグラウンドか、圧倒的な実力を持っている。このまま現状に甘んじていたら、望む人生なんて手に入らない。
陸は言った。「ネット授業だけじゃ限界がある。明日、西尾に資料を持たせる。それといい先生も――」
「資料だけでいいよ、先生はいらない。」遥はすぐに遮り、きっぱりと答えた。
陸はじっと彼女を見つめる。「君は賢いんだから、チャンスはしっかり掴むべきだ。君が欲しいものは、全部俺が与えられる――一生分、努力しなくてもいいくらいにな。」
一生どころじゃない。もしもう少し腹黒くなって子どもでも作れば、残りの人生は何も心配せずに暮らせる。こんなチャンス、もう二度と巡ってこないかもしれない。
そもそも彼に近づいたのは、伊藤裕久を見返したかったからだ。
伊藤が絶対に手が届かない男を選ぶのが、一番彼のプライドを傷つけると思った。
まさか自分が陸とここまでの関係になるとは、当時は思いもしなかった。