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第36話 運命の再会


東京には高級車が多いが、ここまで目立つナンバーとなると、限られている。


早川遥は思わず眉をひそめ、まさかと思いながらも「どうか同じレストランじゃありませんように」と心の中で祈った。


吉田楽々のビジネスオファーは全国に広がっているが、彼女のメイン活動は東京でのグルメVlogだ。身分を明かせば、たいていは無料で試食させてもらえる。


店に入るなり、小林雪が目をつぶって深く息を吸い込んだ。


「ごめん、ここ、お金の匂いがする――ああ、なんていい香り。」

「一人三万円の和食だよ、お金の匂いしないわけないじゃん。」


楽々は慣れた様子でスタッフに挨拶し、自分の名前を伝えると、すぐに個室へ案内された。すでにシェフが待っていた。


靴を脱いで席に着くと、楽々は旅の話を始め、手際よくカメラをセットする。こうした“職業病”には、遥も雪もすっかり慣れていて、むしろ雪は光のいい席を率先して譲っていた。


「田中和夫が異動したなら、早川遥が次の部長ってことじゃない?」と楽々が話を振る。

「まあね。でも、鈴木蓉子が辞める前に、遥の“やる気”を見せないとダメみたい。」と雪が続けた。


その言葉には裏がある。鈴木蓉子は表向きは左遷だが、遥を強く推していた。つまり、今のうちに蓉子の信頼を完全に得ておかなければ、このポストは回ってこない。


楽々は率直な性格で、職場の駆け引きが大嫌い。ちょうどその時、シェフが最初の料理を運んできた。石垣貝で、一つはウニ、もう一つはキャビアが添えられている。


遥は一口食べてすぐにその美味しさに感動し、心の中で「こういうのを本当の贅沢って言うんだな」と思った。


雪はその感想をそのまま口にした。


楽々は幼い頃は留守番が多く、遥とは向かいの家同士だった。父親が大阪で不動産業に成功し、彼女は中学の時に大阪へ引っ越したが、遥とはずっと連絡を取り合っていた。


その後、遥の家に不幸があり、二人は大学を卒業して再び東京で再会した。遥は叔母と暮らし、楽々は東京のメディア業界に魅力を感じて移り住んだ。


楽々の父親は娘が苦労しないようにと、東京の不動産を全て譲り、家賃収入で生活できるようにしていた。


雪は東京生まれで、両親からお見合いを勧められているが、本人は全くその気がない。


久しぶりに集まった三人は、それぞれ悩みを抱えながらも顔を見合わせて笑い、和やかな雰囲気になった。


その時、個室のドアが突然開いた。三人がそちらを見ると、入ってきた人物も驚いた様子だ。


藤木真実は眉をひそめて遥を睨み、あからさまに嫌そうな顔をした。「なんであんたなの?」


遥も口をつぐみ、納得がいかない表情だった。


真実は浮気現場にでも遭遇したような視線で、遥の隣にいるのが女性二人だけだと確認すると、勝手に去っていった。


楽々はきょとんとして、「今の、藤木さんじゃない?」と言った。


雪が不思議そうに聞く。「誰?」


楽々は牡丹海老を口に運びながら、ゆっくり答えた。


「藤木製薬のお嬢様で、すごい男好き。深沢陸がどこに行っても、必ず追いかけてるって有名よ。あの界隈じゃ、みんな避けてる。」


楽々は父親の仕事で色々なパーティーに出席していたので、真実が深沢陸をしつこく追い回している噂は聞き飽きていた。「深沢陸がそんなに簡単に落とせるなら、毎晩順番待ちだよ。」


一方その頃、真実はスタッフに食ってかかっていた。「どうして? お金足りなかったの?」


スタッフは困り顔で答えた。彼女はいきなり大金を積んで「深沢陸がどの個室にいるか教えて」と迫ったのだ。「お客様、それはご遠慮ください。」


「思い出した!」と、真実の親友が突然声を上げた。


「何を?」


「さっきの女の人、伊藤さんの元カノじゃん!前に伊藤さんが連れてきて紹介してくれたけど、いつもツンとしてて、綺麗なのをいいことに他人を見下してた。」


真実は一瞬驚き、「どんな服着てた?」


「白いシャツで、長い巻き髪。一番綺麗な子よ。伊藤さん、すごく大事にしてて、私たちに何も言わせなかった。でも、あとで彼女が浮気したって聞いた。確か、早川遥って名前。」


真実は鼻で笑った。「やっぱり、ろくな女じゃないわ。」


ちょうどその時、トイレに出てきた楽々が、遥の名前と伊藤裕久の話を耳にし、すぐに状況を察した。彼女はそのまま歩み寄って言い返した。


「あんたも同じでしょ?毎日深沢陸さんを追いかけて、相手にされてるの?」


真実は睨み返した


。「ふん、誰かと思えば――こんな場末の女でもこの店に来れるの?男漁りにでも来たんじゃない?お店も落ちぶれたもんね。」


巻き込まれたスタッフは居たたまれない様子だ。


「私はこの店に招かれたグルメインフルエンサーだけど?あんたみたいに男に媚びて嫌われるよりマシよ。」楽々も一歩も引かない。


真実は図星を突かれ、手を挙げて殴ろうとした。楽々は親友たちを振り切り、真実の襟をつかみ返す。


今にも取っ組み合いになりそうなところで、スタッフが慌てて止めに入った。


騒ぎを聞きつけて遥と雪も外に出てきた。真実たちと楽々が睨み合っているのを見て、すぐに間に入る。


誰かが間に入って二人を引き離した。その男は端正な顔立ちで、低い声で制した。「何してるんだ!」


真実はすぐにその男性の腕にすがった。「お兄ちゃん、この人たちにいじめられたの!」


藤木孝博は楽々に目をやり、少し驚いた様子で言った。「いつ帰国したんだ?インスタにはまだ海外にいるって書いてあったけど。」


楽々は一瞬戸惑ったが、「今日戻ったばかりよ。」と答えた。


真実は不満げに兄の袖を引く。「お兄ちゃん!」


孝博はそれを無視して楽々に言った。「よかったら、うちのテーブルに移らない?妹が失礼した、お詫びに。」


彼は指を鳴らして、スタッフに楽々たちを奥の個室へ案内させた。


雪は納得がいかず、楽々に小声で尋ねる。「あの男、誰?」


楽々はこめかみを押さえながら答えた。「大学の時、私のこと好きだった人。でも付き合ってない。」


雪はすかさず興味津々。「今でも未練ありそうじゃん?でも妹とはもう完全に敵同士だね。」


楽々はそっけなく、「もともと興味ないし。あの家族、ハエみたいにしつこいのよ。」


スタッフは既に三人の荷物を運び入れていた。遥たちは目配せし、早めに切り上げようと考えた。


だが、個室に入った瞬間、中に座っていた深沢陸を見て、遥は思わず身体が先に動き――反射的に踵を返してしまった。

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