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第37話 テーブルの下の密かな接触


小林雪は思わず息を呑んだ――他の人はともかく、ニュースにしょっちゅう名前が出てくる深沢陸を見間違えるはずがない。


その深沢陸は今、部屋の隅に腰掛け、唇をきゅっと結んでいた。暖房が効いているせいか、シャツ一枚のラフな格好で、長くて綺麗な指先でテーブルを軽くトントンと叩いている。

眼鏡越しの視線は読めないが、スタイルも顔立ちも、社会的な地位も、そして纏う雰囲気も、集まった男性陣の中でもひときわ際立っている――人はやはり強いものに惹かれるものだ。

こんな存在、目立たないほうが無理だろう。


一方、男たちが女性を見る目はもっと直接的だ。誰かは脚を、誰かは顔を――早川遥は自分に向けられる視線が増えているのをはっきりと感じていた。


今日は本来、深沢陸の歓迎会も兼ねて、みんなで友人の店に集まっただけだった。まさか藤木孝博が外から三人も連れてきて、その中に藤木真実までいるとは、誰も予想していなかった。


西谷勇太は慌てて高橋時生に「面白いことになってるから、早くおいでよ」とメッセージを送る。


深沢陸がいるからか、集まった人数も多い。その中には、かつて伊藤裕久と付き合いがあったメンバーもいた。

早川遥は気まずさを感じながらも、吉田楽々たちと一緒に隅の席に座った。


藤木孝博が笑顔で場をまとめる。「いいよね?たまたま友達に会ったから、一緒に連れてきちゃった。」

「全然いいよ」と誰かが答える。


深沢陸と早川遥の関係を知っている者もいて、あからさまな反応は見せずにグラスを傾け、そっと店員に何か耳打ちしていた。


藤木真実たちは入ってくるなり、早川遥たちをじっと見つめていたが、男たちの前で何か言い出すことはできなかった。


藤木真実はまっすぐ深沢陸の席に向かったが、彼はちらりと視線を上げただけで、周りのメンバーがすぐに話を広げて、席に割り込む隙を与えなかった。


吉田楽々が鼻で笑う。「ほらね、噂通りだわ。」


小林雪は、とても口を挟む勇気などなかった――この場の誰にも逆らえない。今ここでどんなご馳走が出てきても、きっと喉を通らないだろう。


「友達連れてきたなら、紹介してよ」と誰かが藤木孝博に声をかける。


藤木孝博は笑顔で「偶然会ってさ。こちら、吉田楽々」と紹介した。


吉田楽々はグラスを掲げて、「グルメブロガーやってます」と自己紹介する。まだ珍しい職業だからか、周囲も興味津々だ――食べるのが好きで、しかも美人となればなおさらだ。


おしゃべり上手な吉田楽々は、すぐに藤木孝博たちと打ち解けた。早川遥や小林雪が三原ホテルで働いていると知ると、誰かが名刺を差し出し、「イベントの時は相談させてね」と声をかけてきた。


早川遥は、この“危険な宴”でも仕事のチャンスがあるなら悪くない、と少し気が楽になった。


盛り上がるテーブルの一方で、微妙な空気が流れる席もあった。西谷勇太は居心地の悪さに肩をすぼめるが、ちょうど高橋時生が面白がって駆けつけてきた。靴を脱いで中へ入り、「なんだか賑やかだね」とにっこり。


西谷勇太は待ってましたとばかりに手招きする。


深沢陸の隣は本来、高橋時生の席だったが、彼は周囲を見渡し、突然早川遥の後ろにやってきた。「やっぱり綺麗な子の隣がいいな。席、代わってくれない?」と冗談めかして言う。


名指しされた早川遥は思わず振り返る――誰もいなければ、思わず悪態のひとつもつきたかった。


西谷勇太は面白がって、「ほら、深沢の隣、空いてるよ。さっさと代わってあげなよ、くっつかれる前に」と促す。


みんなが注目する中、早川遥は拒否するわけにもいかず、小林雪と吉田楽々の興味津々な視線を浴びながら、深沢陸の隣へと移動した。


席につこうとした瞬間、慣れ親しんだひんやりとしたウッド系の香りがふっと漂う。ちょうど腰を下ろそうとした時、藤木真実が声を上げた。「深沢くんは知らない人が隣に来るの苦手だから、私と席を代わって。」


「いいですよ」と言いかけたその時、ふいにふくらはぎをつままれた。びくっとした直後、深沢陸が冷ややかな声で「その必要はない」と言い放つ。


周囲はみな、深沢陸が藤木真実を苦手としていることを知っている。

だが、彼女だけは「しつこくすればいつか振り向いてくれる」と信じて疑わない。

異様な執着で早川遥を睨みつけ、彼女が深沢陸の隣に座る様子をじっと見つめていた。

すぐに店員が新しい食器を持ってきた。


早川遥は吉田楽々に藤木真実が絡まないよう、先に口を開く。「佐藤さん、そんなに伊藤さんのことが心配なら、ご自分で会いに行ったら?」


藤木真実は突然立ち上がり、「さっき聞いたけど、早川さんの元カレって伊藤さんなんですって?全然心配じゃないの?」と声を荒げた。


和やかだった空気が一気に凍りつく。


高橋時生はやっと藤木真実に気づき、西谷勇太に「また彼女来てるの?」と目で問いかける。


吉田楽々は勢いよく反論する。


「元カレでしょ?線香の一本もあげてないだけマシじゃない。母親じゃあるまいし、なんでそこまで気にするの?それとも、佐藤さんは元カレ全員にそんなに優しいの?」


高橋時生は思わず噴き出し、吉田楽々とグラスで軽く乾杯する。「その通りだよ、昔の話なんだから。」


そのまま吉田楽々に手を差し出し、「高橋時生です。」


「お噂はかねがね、吉田楽々です。」


二人はちらりと目を合わせ、お互い藤木真実が苦手なことをすぐに理解する――敵の敵は味方ということだ。


握手すると、二人は同時にお茶を飲む。どこかで聞いた声だな、と思いながらも、それ以上は気にしなかった。


早川遥は藤木真実が深沢陸に絡むのを阻止するように、「お客さんの件、片付いたの?」と話を振った。


「うん……まあ、ひとつ片付いたよ。」深沢陸は曖昧に答える。


それ以上話したくなさそうなので、早川遥もそれ以上は聞かない。

箸を持つ手がわずかに震える――藤木真実の言葉に動揺したわけではなく、テーブルの下から伸びてきた手が太ももに触れ、さらに上へと滑り始めたからだ。

そしてその手の主は、まるで何事もないように藤木真実を見つめ、「続けてみろ」と冷静に言う。


深沢陸は普段なかなか会えない人なのに、こうして断らずにいるだけで藤木真実は満足そうだ。


だが早川遥は、テーブルの下で彼の手を強く叩き落とす。

勢い余って腕時計に当たり、思わず声を上げそうになるほど痛みが走った。

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