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第8話 そんなに男が欲しいのか?

杏子はソファの隅で身を縮め、指先をソファの革に食い込ませていた。

三本の手が同時に彼女の襟元を掴もうとしたが、杏子は身をひねってかわし、最も近くにいた男の腹を膝で強く突き上げた。


混乱の中で、杏子の指先が冷たい酒瓶に触れる。彼女はそのまま瓶を握りしめ、目の前の男の額をめがけて叩きつけた。

ガラスが割れる音と男の悲鳴が重なり、ぬるい液体が杏子の頬を濡らした。


「この女、やりやがったな!」

痩せた背の高い男が脚を振り上げ、杏子の腹を蹴りつける。杏子は苦しみに身を丸め、胃の中がかき回されるような感覚を覚えた。


もう肋骨を踏み砕かれると思った瞬間、個室のドアが激しく蹴り開けられ、リズムを刻むような革靴の音が迫ってきた。


「出ていけ。」


低く鋭い声が響き、杏子は全身が震えた。

逆光の中に立つその人影を見上げると、鋭い肩のラインが浮かび上がり―ーーーーーーー―知弘だった。

杏子は唇を噛み、喉元まで込み上げてきた鳴き声を必死に押し込めた。こんな時まで、彼が助けに来てくれることを夢見てしまうなんて――。


背の高い男は口から血を吐きながら、「どこの野郎だ……」と呟いた。

小林はそれを見て心の中で、「こいつは終わりだな」とつぶやいた。



知弘は男に目もくれず、まっすぐ歩み寄ると、その首を掴んで力任せにねじり、ドアの前まで投げ飛ばした。

高級感漂うスーツ姿に、眉間には殺気がにじむ。周りの連中はそれを見て、怯えながら逃げ出した。


「杏子、お前って本当に下劣だな。」


その声に、杏子は呆然と顔を上げる。「本当に……知弘なの?」


「がっかりしたか?」知弘は見下ろしながら言う。「自分の格好を見てみろよ。昔は気づかなかったが、お前って本当に尻軽なんだな。」


「違う、私は——」


だが腹の痛みはどんどん強くなり、杏子の額には冷や汗がにじむ。声もどんどん小さくなっていった。


「ナイトクラブがどんな場所か、わかっているだろう?」知弘は杏子の異変に気付かず続ける。「そんなに男が必要なのか? 一日でも男がいないと死ぬのか?」


杏子は床に手をついて起き上がる。「お金が必要なの……知弘、二千万円、貸してくれない?」


「ふざけるな!」


「直樹はあなたの子よ。見殺しにする気か?」杏子は唇を噛みしめ、口の中が血の味でいっぱいになった。「知弘、自分の子どもを見捨てるなんて!」


「本当に俺の子かどうか——杏子、親子鑑定を受けてもらう。」


侮辱的な言葉だったが、杏子は気にせず、知弘のズボンの裾を掴んだ。そこにかすかな希望を見出したかのように。「鑑定の結果、直樹があなたの子だと分かったら、助けてくれるのね?」


知弘は莫大な財を持つ人物だ。

幸田グループは不動産、高級ホテル、大型商業施設まで幅広く手掛け、知弘はその手腕で、わずか五年で会社を日本屈指の企業に押し上げた。

二千万円なんて、彼にとっては一瞬で得られるお金だ。


「杏子、俺の血筋は誇り高い。」知弘は身をかがめて彼女の顎を持ち上げた。「お前と関わったから、こんな出来損ないの息子が生まれたんだ。全部お前のせいだ!」


「直樹の心臓病、あれは何かに怯えて発症したと聞いた……私が刑務所にいる間、彼に何があったの? 誰かがいじめたの?」


「俺はただ、これからは母親がいなくなるって伝えただけだ。」


杏子は目を見開く。「知弘……ひどい……直樹が自閉スペクトラム症になったのはあなたのせい、心臓病まで、全部あなたが原因だった!」


「ひどいのはどっちだ?」知弘は冷たい笑みを浮かべ、唇の端が残酷に歪む。「お前が仁香とあの子を殺したとき、復讐される覚悟はしておくべきだったな。」


言い終わると、知弘は杏子のキャミソールを乱暴に引き裂き、白い肌をあらわにした。



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