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第19話 直樹は幼い頃の君にそっくりだ。

救急治療室には機器の鋭い警報音が分厚い扉を突き抜け、廊下まで響き渡っていた。


「脈拍が止まりそうです!」

「急いで! 」

「患者の生存意志が極めて低い!」


知弘は医師たちを押しのけて、勢いよく中に飛び込んだ。

彼は身をかがめ、蒼白な杏子の耳元に顔を寄せて、冷たい声で言い放つ。


「目を覚ませ。さもないと、今すぐ直樹をお前の元に送り込むぞ。」


その凍りつくような脅しは、静まり返った空気の中に重く響いた。返ってくるのは、心電図モニターの途切れることない「ピー」という不安な音だけ。


生命反応は急速に低下していく。


これまで感じたことのない焦りが知弘を襲った。

彼は思わず声色を変え、無意識のうちに必死さを滲ませた。


「杏子! 目を覚ましてくれたら、世界中から最高の医者を集めて直樹を治療する! 離婚もしない! 聞こえてるか?」


「戻った!」

「手術の準備を! 早く!」


知弘は手術室から無理やり外へ連れ出された。


扉の外、一真はスマートフォンに向かって命令を下す。


「すぐに全てのメディアに発表しろ。幸田家の奥様、幸田杏子が末期の胃癌で危篤状態、今年いっぱいももたないだろう、と。」


言葉が終わる前に、スマートフォンは知弘に力強く奪い取られた。

知弘はそれを壁に叩きつけ、画面は粉々に割れた。


「ふざけるな! 彼女がいつ胃癌になったんだ!」


「この理由がなければ、未来がニュースを見て東京に戻ってこないだろう。」一真は冷静に説明した。「ごめん。」


「次はない。」知弘は鋭く警告した。


一真は知弘の強張った顎を見つめ、低くつぶやいた。


「兄さん、未来が戻ってきたら……もう杏子を解放してやってもいいんじゃないか。」


「解放?」知弘の目には暗い感情が渦巻いていた。「誰が俺を解放してくれる? 杏子は俺の結婚を壊し、仁香を死なせ、あの忌まわしい子を産んだ……一生、彼女を許すつもりはない。」


離婚?


考え直した。


仁香がもう自分の妻になれないのなら、杏子にはその一生をかけて償わせるしかない。

彼女と自分は、死ぬまで離れられない運命なのだ。


「忌まわしい子?」一真はその言葉を敏感に捉えた。「直樹のことを言ってるのか? まさか……」


「杏子と江藤修一の子だ。間違いない。」知弘は言い切った。


「それはありえない。」一真は断固否定した。「おばあちゃんが言ってた。直樹は、兄さんの小さい頃にそっくりだって。」


知弘の体はピクリと固まった。


そうだ……あの顔。

血のつながりを感じずにはいられない、あの懐かしさ。

だが……小林が担当した親子鑑定、あのはっきりとした結果……間違いがあるはずがない!


「直樹の心臓病でおばあちゃんはずっと心配してて、高橋家に大金を送り、治療に全力を尽くすよう頼んでいた。」一真は眉間にしわを寄せた。「直樹は今、どこの病院にいるんだ?」


知弘は答えようとしたが、言葉に詰まった。

――直樹の病室の番号が、どうしても思い出せない。


そのとき、ズボンの裾が小さく引っ張られる感覚がした。


下を見ると、直樹が小さな裸足で、色褪せたぬいぐるみを胸に抱きしめ、不安げに見上げていた。


その顔がはっきり目に入ると、知弘の心は何かに強く打たれたようだった。


あまりにも似ている。

目元も、鼻筋も、きゅっと結んだ唇の形さえも――まるで自分が幼い頃の写し鏡。


これほどはっきりとした血の証明を、知弘は「証拠」に惑わされ見失っていたのだ。


彼はゆっくりしゃがみこみ、ぎこちなく、手を伸ばして直樹の柔らかな髪にそっと触れた。


直樹はその場で固まり、息を潜め、まるでこの奇跡のような瞬間が壊れてしまうことを恐れているようだった。


次の瞬間、知弘は直樹を優しく抱き上げた。


自分の息子を抱きしめるのは、これが初めてだった。


直樹は完全に呆然とし、父の腕の中は、夢にまで見たよりもずっと暖かく、ずっと頼もしかった。


彼は大きな瞳を何度も瞬かせて、本当に現実なのか確かめるように、目を閉じてはまた開いた――父はそこにいて、あの温もりもしっかりと残っていた。


これは夢じゃない。


「直樹……」知弘は低く、今までにない優しさをにじませて言った。「父さんが必ずお前を治してやる。」


そして一真に鋭い視線を向ける。


「あの親子鑑定書、すぐに調べ直せ。真実を知りたい。」


「わかった、兄さん。」


杏子の危篤のニュースは、湖に石を投げ込んだように、瞬く間に東京中を騒がせた。


かつて誰もが羨んだ幸田家の奥様。華やかな人生も、運命には抗えなかった。

栄華も一瞬にして消え去り、命の火は今にも消えそうだ。

権力も、金も、もう何の意味もない。


高橋家。


高橋明は複雑な表情を浮かべた。「杏子が……」


「死んでもどうってことないじゃないの?」継母が苛立ったように言い放ち、目には計算高い光が浮かんでいた。「どうせ娘は一人減ったところで困らないでしょ。杏子が死ねば、幸田家からもらった五千万は、完全に私たちのものよ。」


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