愛理はカーペットの上に膝をつき、知弘のふくらはぎを丁寧に揉んでいた。指先は意図的に彼の膝裏の敏感な部分をなぞる。
肩紐のスリップが肩から滑り落ち、手入れの行き届いた首筋と肩のラインがあらわになる。
「知弘、力加減はこれで大丈夫?」
彼女はソファで目を閉じて休んでいる知弘を見上げ、爪先でそっと彼のスラックスの皺を撫でた。
愛理はあらゆる手を尽くしていた。もう少しで思い通りになりそうだと感じ、手を彼のベルトへと伸ばす。
だが——
その手首を、知弘はさっと払いのけた。
「仁香は、こんなことしなかった。」知弘は立ち上がる。「君は結局、彼女にはなれない。」
「知弘……」
遠ざかる彼の背中を見つめながら、愛理は悔しさに唇を噛みしめた。
仁香を殺し、罪を杏子になすりつけたときは、すべてが順調だったはずなのに。どうして今は何もかもうまくいかないのか。
——やはり、杏子にもっと手を打たなければ。
…………
消毒液の匂いが鼻を突いたとき、杏子は一瞬、刑務所の医務室に戻ったのかと思った。
ふと顔を横に向けると、思わず目を見開いた。「直樹?」
直樹はおとなしく椅子に座り、澄んだ瞳で杏子を見つめ、やがて優しく微笑んだ。
「お母さん。」
その一言で、体中の痛みがすっと引いていく気がした。
杏子は驚きと喜びでいっぱいになり、「直樹、今……なんて呼んだの?」
「お母さん、お母さん。」直樹はもう一度言う。
「直樹、話してくれるの?」
「うん、お母さん。」
長い間、口を閉ざしていた直樹の言葉はまだたどたどしい。これからはまた、根気強く教えていく必要がある。
でも大丈夫。杏子は息子をきっと普通の子に育ててみせる自信があった。
嬉しさで涙があふれ、彼の頬にそっと手を伸ばす。「この“お母さん”を聞くまで、どれだけ待ったか……」
直樹はくるりと向きを変え、ドアの方を指差した。「お父さん。」
え?知弘が外にいるの?
杏子の胸がぎゅっと締めつけられる。知弘への恐怖は、もはや体の奥深くに染みこんでいた。
愛しさと怯え、その両方が心を占めていた。
「スイスの専門医が昨日、直樹にカウンセリングをしてくれた。」知弘がドアを開けて入ってくる。表情はいつもより穏やかだ。
「長く治療を続ければ、自閉症も改善できるそうだ。」
目の前の知弘は、どこか見慣れない人のように感じる。
彼からはまだ冷たさが漂うが、以前ほどではない。
「直樹のために……専門医を探したの?」杏子は信じられない気持ちで問いかけた。
「あなたは、直樹が自分の子じゃないと思っていたのに?」
「親子鑑定に細工があった。一真が調べている。」
杏子の声は震えた。「私はずっと言ってきたのに……あなたは信じなかった。知弘、私は一度だって、あなたを裏切ったことも、嘘をついたこともない。」
でも、彼はどうだったのか。
杏子の人生に嵐をもたらしてきたのは、すべて知弘だった。
知弘は杏子のそばに歩み寄る。「でも、君は僕の大切な仁香を殺した。」
「私はやっていない!」
「僕は自分の目で見たんだ。」
杏子は知弘をまっすぐ見上げた。「あなたが親子鑑定の嘘を見抜いたからこそ、直樹は救われた。でも、いつになったらわかってくれるの?仁香の死は私と無関係だって……」
仁香を殺したと決めつけられ、杏子は刑務所に入れられ、直樹には「もうお母さんはいない」と脅され、離婚を強いられ、愛理のために輸血までさせられた。
知弘は杏子の傷ついた心に、何度も何度も刃を突き立ててきた。
「もう、いいわ。どうでもいい。」
杏子は力なく言った。「いつ役所に行って、離婚しよう?」
知弘の低い声が響いた。「杏子、もう離婚しない。」