目次
ブックマーク
応援する
58
コメント
シェア
通報

第63話 愚か者

「お姉ちゃん、たまには実家に帰って両親の顔を見てあげたら? 二人ともすごく会いたがってたし、無事を知らせてあげてよ。小さい頃から、お姉ちゃんは二人の自慢で、一番大事にされてきた娘なんだから!」

愛理はそう言いながら、わざとらしく涙を浮かべた。


彼女が仁香に抱きつこうとしたが、仁香はそれを冷たく突き放した。

「こんなにも“心配”してくれる妹がいて、私は本当に運がいいわね。」仁香の声は冷ややかだった。


「私たちは双子だし、通じ合ってるから、当然お姉ちゃんのこと、いつも気にかけてるよ。」

「だけどさ、最近、知弘さんのそばにいて、私の代わりをしてたって噂を聞いたけど?」


「そんなことないよ!」愛理はすぐさま否定した。「お姉ちゃん、今は私に疑いを向けてる場合じゃないよ。どうにかして……杏子を排除しなきゃ!」


彼女は顔を寄せて声を落とした。「杏子は今、一番の脅威だよ。放っておいたら、お姉ちゃんの幸せも地位もそのうち全部奪われる!私、協力するから、一緒にあの女を消そう!」


愛理はまさに相手によって言うことを変えるタイプだ。

仁香が彼女に殺されかけたことや、杏子と組んで自分を再び排除しようとしたことを知らなければ、この心からの言葉に危うく騙されるところだった。


「そう?」仁香はわざと話を合わせた。「確かに、杏子は私の大きな悩みの種だわ。」

愛理は内心でほくそ笑んだ。「そうだよ、お姉ちゃん。あの女を排除しないと、幸田家の奥様の座は守れないから!」


二階の廊下。


杏子は手すりにもたれ、下の双子姉妹の芝居がかったやり取りを冷ややかに見ていた。

本当はもう寝ていたが、騒がしさで目が覚め、様子を見に来たのだ。

せっかくだから最後まで見届けるつもりだった。


杏子は黙っていたが、話題が自分に及んだ瞬間、軽く咳払いをした。「ゴホン、ゴホン……」


リビングの空気が一瞬で凍りついた。

仁香と愛理は同時に顔を上げ、杏子を見た。


「もう話は終わった?」杏子は淡々と言った。

愛理の顔色が変わった。「まさか……全部聞いてたの?」


「耳が聞こえないわけじゃないからね。」

「聞かれて何だっていうのよ!」愛理は逆ギレし、「杏子、あんたは幸田さんの妻の肩書きだけで、中身は何もない!その座は、いずれ絶対お姉ちゃんのものになるんだから!分かってるなら、さっさと出て行きなさい!」


「こんな時だけ幸田さん呼びなのね。」杏子は皮肉っぽく笑った。「さっきまでは知弘って、ずいぶん親しげに呼んでたじゃない。」


仁香の顔がさっと曇り、愛理を睨んだ。

「違うの、お姉ちゃん、杏子の挑発なんて信じないで!」愛理は慌てて弁解した。


杏子は頬杖をつき、続けた。「私は事実を言っただけよ。幸田家の別邸の誰もが見てる。愛理がどんなに色っぽく知弘にすり寄って、どれだけ熱心にご機嫌を取って、何度も……身体を差し出そうとしたか。」


「でもね」杏子はため息をついた。「残念だけど、知弘はあなたを選ばなかった。所詮、代わりは代わり。本物を差し置いて、偽物なんて相手にするわけないよね?」


杏子が一言いうごとに、仁香の表情はますます険しくなった。

やはり、愛理は自分がいない隙に、あの似た顔を利用して知弘を誘惑しようとしたのだ。


これこそが愛理の目的――

自分を殺して、代わりに知弘を独占すること!

戻ってきて、本当によかった。


「今となっては」と杏子はゆっくり階段を下りながら言った。「仁香が戻ってきた以上、愛理はただの代用品。誰が粗悪な偽物なんて欲しがる?服を全部脱いで知弘の前に立ったって、彼は見向きもしないんじゃない?」


愛理の顔が一瞬で歪んだ。「杏子、あんたの口を引き裂いてやる!」

「どうぞ。」杏子は一転して冷たい視線を送り、「その度胸があるなら、やってみなさい。」


少し前まで愛理は知弘の庇護を盾にやりたい放題で、杏子のことなど眼中になかった。

今、この屈辱をどうしても我慢できない。

「覚えてなさいよ!」愛理は袖をまくり、今にも飛びかかろうとした。


だが、二歩踏み出したところで藤井が即座にボディガードに合図した。「愛理さん、幸田家で騒ぎを起こさないでください。」


「どきなさいよ!」愛理は叫ぶ。「邪魔するなら、知弘に言って全員クビにしてやる!」


藤井は落ち着いた口調で言った。「社長は今おりません。別邸は奥様が仕切っています。奥様が主人であり、あなたは何者でもありません。」


愛理は全身を震わせるほど怒り狂った。「下っ端のくせに、私に逆らうなんて!」

悔しさで爆発しそうだった。どうして杏子だけがこんなに堂々としていられるのか!


「お姉ちゃん!」愛理は仁香の腕にしがみつき、悲しそうな声を出した。「見てよ、みんな私をいじめてる!お願い、お姉ちゃん、助けて!」


杏子はすでに階段を下りきり、余裕のある態度で一連の騒動を見物していた。


「あなたに私をどうこうする力はない。それに、お姉ちゃんだって」杏子は仁香に目を向けた。「知弘がいなければ、私に何もできないでしょ?間違ってなければ、今日も知弘はあなたを置いて私と出かけたはずよね?」


嫌味なことだって、杏子は言える。

傲慢で横柄?自分だってやろうと思えばできる。

昔は、こんな手段に頼るのが嫌で、ただ静かに知弘を愛していたかった。

けれど今は、愛も結婚も、すべて夢幻のようなものだと悟った。


愛は失っても、プライドまでは捨てない。

坂倉家の姉妹には、ほんとうにひどい仕打ちを受けた。

仁香には手柄も知弘も奪われ、愛理には多くのものを失わされた。


この恨み、杏子は決して忘れない。必ず倍にして返してやる。

できれば、姉妹同士で潰し合えばいい。


杏子は愛理の前で鼻で笑い、そのまま仁香の前に進み出た。


「どういう態度よ!」愛理は金切り声を上げた。「杏子、私を舐めてるのね!」

「最初から、あなたが好きじゃない。」杏子は淡々と答えた。


愛理は叫びながら飛びかかろうとしたが、ボディガードにしっかり押さえられて動けなかった。


仁香は杏子を見つめ、どこか以前とは違うと感じた。

彼女は変わったのかもしれない。


「あなたも哀れね。」杏子は仁香をじっと見て言った。「知弘の庇護がなければ、何もできない。弱くて無力。この間ずっと、あなたを傷つけた犯人すら見つけられなかったのよね。」わざと煽るように、「まさか、犯人にもう一度チャンスを与えるつもり?」


「私……」

「何よ?知弘が四六時中、あなたのそばにいられると思ってるの?愚か者。」


仁香は言葉に詰まった。


杏子の指摘は、まさに痛いところを突いていた。

今の自分に必要なのは、まず愛理を排除することだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?