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第65話 真実

あの夜、実は何も起こらなかった……すべては仁香の仕組んだことだった。

だから、彼女は最初から妊娠なんてしていなかった!


あれは杏子に離婚を迫り、知弘に決断を迫るための手段にすぎなかったのだ。

もしうまくいけば、知弘と一緒になり、いずれ子どもはできるはず。


失敗すれば……流産したふりをして、すべて杏子のせいにするつもりだった。

まさか愛理が突然手をくだすとは思わず、すべてが狂ってしまった!

仁香は今、焦りと苛立ちでいっぱいだった。


「仁香……」知弘はまたも彼女から距離を取った。「まず服を着てくれ……」

「いや、私をあなたに捧げたいの!」


彼女は今も純潔のままだ。このままじゃいけない。

どうしても知弘に自分の初めてを捧げなければ!

仁香は必死にアピールしたが、知弘は終始自制し、彼女を止めようとするだけだった。


二人がこう着していると、ドアの外から冷たい声が聞こえた。

「そんなに我慢できないの?もう始めてるの?」杏子の声だ。「仁香、普段は清純ぶってるくせに、裏ではずいぶん積極的なのね……」


知弘は眉をひそめ、急いで上着を仁香にかけて振り返った。

ドアの前には杏子が立っていた。


予想していた光景だったが、実際に目の当たりにすると――

心が鋭く刺された。

杏子は静かに深呼吸し、その痛みを必死に押し殺した。


もしかしたら、彼女の知らないところで、知弘と仁香は何度も激しく愛し合っていたのかもしれない。

知弘は仁香にはきっと優しいのだろう。自分のときのように、ただ乱暴で奪うだけの男じゃないはず……。

杏子は無理やり想像を止めた。


「何しに来た!」知弘は冷たく言い放った。「出ていけ!」

「来てはいけない理由でも?それとも、お邪魔だった?」

「杏子、いい加減にしろ!」


彼女は怯まず言い返した。「仁香と寝たいなら、別にいいけど、せめて目の前やこの家ではやめて。外でいくらでもホテルあるんだから、部屋を取るくらい簡単でしょ?」


「この家をお前が仕切るつもりか?」

「私は杏子、知弘に正式に迎えられた妻よ!この家の使用人だって私を奥様と呼ぶ。私はこの家の主人よ!」杏子は背筋を伸ばした。


知弘は鋭い目で杏子を見つめた。

最近の杏子は、もう弱くはなく、言葉も鋭く、何度も彼に食ってかかってきた!

だが、彼女にはどうすることもできなかった。


仁香は知弘の胸にすがりつき、今にも泣きそうに言った。

「知弘……杏子の言うとおりよ。私は何の肩書きもなく、世間から見ればただの家庭を壊す女でしかない……」

「そんなこと言うな。」


仁香は鼻をすすり、目に涙を浮かべて言った。「ずっと気にしないようにしてきたの。だって私はあなたを愛してるから、あなたのそばにいられれば、どんな噂も気にならないはずだった。でも今は……それが一番の弱点になってる。」


愛だけでは足りない。正式な立場が欲しい!

知弘と杏子が離婚しなければ、自分が幸田の奥様になれない!


知弘は低い声で言った。「誰もそんなこと言わせない。」

「でも杏子はもう言ったわ……」


「私は事実を言ってるだけ。ひと言も間違ってない。」杏子は冷たい目で言った。「仁香、都合よく振る舞っても、世の中はそんなに甘くないわ。」


仁香は唇をきつく噛み、涙が頬を伝った。

その無垢で愛らしい顔は、まるで可憐な白百合のように見る者の同情を誘った。


彼女は本物、愛理のような身代わりではない。ただその姿だけで知弘の心は大きく揺さぶられる。

案の定、知弘は杏子を鋭い目で睨みつけた。「謝れ!」

「絶対に、無理よ!」

「杏子!命が惜しくないのか?」

「ええ、もうどうでもいいの。」杏子はきっぱりと言った。「この世に、私にはもう未練なんてないわ!」

「理恵を捕まえて、父親の無念を晴らしたくないのか?」


杏子の体がわずかに震えた。

そう、生きていれば父の仇を討ち、高橋家の名誉を取り戻すチャンスがある。

自分が死んだら、誰が東京に高橋家があったことを覚えていてくれるだろう……。

杏子は思った。本当に疲れた、と。自分のために生きたことなんて一度もなかった。

昔は直樹のため、今は高橋家のために生きていた。


「知弘、あなたは脅すことしかできないの?」杏子は歯を食いしばって言った。「私がここに来たのは、ホテルに行けって言いに来ただけ!お金が足りないなら、私が払ってあげるわ!」


そう言い放って、杏子は勢いよくドアを閉めた。

これで台無しだ。知弘の気分もすっかり冷めてしまった。

仁香はぐったりと知弘に寄りかかった。


「もう部屋に戻って休んでいなさい。」知弘は言った。「この別邸は安全だ、安心して眠れ。」

「知弘、一緒にいてくれないの?」

「まだ用事がある。」


「でも……」仁香は食い下がろうとしたが、知弘の表情を見て、言葉を飲み込んだ。

彼に嫌われるのは困る、ほどほどにしておこう。

杏子のせいで邪魔されたこと、絶対に忘れない!


知弘は外で一本煙草を吸ってから主寝室に戻った。

杏子は背を向けて寝ているようだった。


彼は近づき、いきなり布団を剥ぎ取った。「寝たふりなんかするな!」

「頭おかしいの?仁香のところにいればいいのに、なんで私のところに来るの?」

「お前を辱めに来たんだ!」


知弘はネクタイを引きちぎり、素早くシャツのボタンを外した。

杏子は冷たく笑った。「どうしたの?仁香じゃ満足できなかった?」


「正直に言うと」知弘はベッドの端に膝をつき、顔を近づけた。「お前はベッドの上ではちょっと腕があるな。」

杏子は唇を強く噛んだ。その侮辱的な言葉に我慢できなかった!


自分は何もしていない!悪意で貶めているだけだ!

「ふん」杏子は皮肉な笑みを浮かべた。「知弘、あなたって本当に哀れね。ろくに女も知らないんでしょ。私みたいな女でも、あなたは体を忘れられないの?」


知弘は突然彼女の顎を強く掴んだ。「もう一度言ってみろ!」

「日本語がわからないの?」

「いいだろう、杏子。最近ずいぶん強気じゃないか!」


「愛してないからよ。」杏子はまっすぐ彼を見つめて言った。「手放してみてわかったの。たくさんのことが、急に理解できた……。」


彼は仁香の知弘、もう自分の記憶の中の少年じゃない!

杏子は布団を引き寄せ、背を向けて寝ようとした。

知弘は顔色を変えた。


最近、杏子に何度も感情をかき乱されるが、どうしても彼女を抑えきれなかった!

この女は、まったくもって手に負えない!

怒りに燃えた知弘は、高く手を振り上げ、思い切り仕返ししてやりたい衝動に駆られたが、結局その手は彼女の尻を叩くだけだった。


「パシッ——」

「知弘!この変態!」杏子は驚きと怒りが入り混じった声をあげた。

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