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第70話 イチャつく

これを実現するには、まず離婚しなければならなかった!


杏子は顔を横に向けて貴彦を見つめた。「少しお腹が空いたわ。何か食べに連れて行ってくれない?」


「もちろん!」貴彦は即答し、「杏子が食べたいものなら何でも連れて行くよ!世界中の美味しいものを全部杏子に食べさせてあげたい!」


貴彦は嬉しそうに彼女の手を取った。


杏子は手を振りほどかなかった。


彼女は知弘を怒らせて、離婚を承諾させたかったのだ。


彼は仁香と甘い時間を過ごし、愛理と親しげに振る舞えるのに、杏子だけが我慢する必要なんてなかった。


彼が非情なら、彼女も容赦しなかった!


人前でイチャつくのが嫌味だって?杏子もやってやる!


ふたりが手をつなぐ姿は、知弘の目に鋭く刺さった。「杏子、なかなか度胸があるじゃないか。」


目の前で、他の男と手をつなぐなんて!


それも、ただ見せつけるつもりか!


杏子は無視して、貴彦ににっこりと微笑んだ。「近くにいいお店ある?」


「何が食べたい?あっさりしたものがいいかな」貴彦は真剣に考えた。「フランス料理はどう?体にもいいし。」


「いいわ。」


「じゃあ、今すぐ連れて行くよ!」貴彦は嬉しそうに杏子の手を引いて車へ向かった。


知弘は脚で一歩前に出て、杏子の手首を無理やり引き剥がし、貴彦のそばから力ずくで引き離した!


そのまま、杏子を容赦なく引き寄せた。


杏子は不意を突かれて足をひねり、そのまま地面に倒れ込んだ!


柔らかな肌が、粗いコンクリートで擦れてしまった。


「くっ……」


知弘は彼女を足元に引き寄せ、上から見下ろした。「大人しくしてろ。さもないと……」


「さもないと、どうするの?」


「東京中に、直樹の母親が恥知らずで不誠実な女だと知られてもいいのか?」


知弘の言葉は、杏子の弱点を正確に突いた。


彼女には直樹がいる……


「何してるんだ!」貴彦はすぐさま駆け寄り、杏子を助け起こした。「杏子!怪我してるじゃないか!」


彼が傷を見ようとした瞬間、知弘は貴彦の手を荒々しく振り払った。「こんな怪我、死にやしない。」


「知弘!」貴彦は怒鳴った。「お前が怪我させたんだぞ、その態度はなんだ!」


「これくらいの扱いでちょうどいいんだ!」


「違う!杏子は世界中の幸せを受けるに値する!」


知弘は冷笑した。「貴彦、これ以上俺の女に手を出すなら、津川家を破産させてやるぞ。二度と立ち直れなくしてやる!」


「そんな脅し、怖くない!」


杏子の胸が締めつけられた。


貴彦を巻き込むわけにはいかない!


「貴彦……」杏子は痛みに耐えながら立ち上がった。「夜食……また今度…。私、ちょっと用事があって。」


「杏子!」


彼女は真剣な顔で言った。「あとで連絡するわ。」


「知弘のそばにいないで!さっきの話……あれは彼に脅されてるの?教えてくれたら、僕が助ける!」


杏子は首を振って、無理に微笑んだ。「大丈夫、心配しないで。」


貴彦が何か言おうとしたが、杏子はそれを制した。「もう行って。」


仕方なく、貴彦は車に乗り込んだ。去り際に、急いで彼女に軟膏を手渡した。「ちゃんと塗って!傷跡残すな!」


「うん。」杏子は軟膏をぎゅっと握りしめた。


その瞬間、知弘が素早くそれを奪い取り、ゴミ箱に投げ捨てた!


杏子は驚きと怒りで叫んだ。「何するの!」


「奴の薬を使ったら、足を折るぞ!」


「知弘!あなた、狂ってる!」


彼は杏子の傷に親指を押し付けた!


激痛が走り、杏子は冷や汗をかきながらも、唇を噛みしめて一言も発しなかった。ただ、強い意志を込めて知弘を見返した。


澄んだ瞳に宿る強さに、知弘は思わず心が震えた。


なぜなら……そこに、もう一片の愛も見えなかったからだ。


かつて自分だけを見つめていた杏子は、もうどこにもいなかった。


彼が口を開こうとしたとき、突然携帯が鳴った。


「もしもし、仁香。」知弘は電話に出て、声を柔らかくした。「どうした?」


「知弘、どこにいるの……外が真っ暗で怖い……窓の外に誰かいるみたい。あの人がまた来たのかな……」


「変なこと考えるな。」


仁香は泣きそうな声で続けた。「怖いよ……知弘、帰ってきてくれない?あなたがいれば怖くないのに……傷も痛い、犯人がまた刺しに来るかも……知弘、あなたが必要なの!」


すぐそばで、杏子にもその声がはっきり聞こえた。


知弘の表情は、目に見えて柔らかくなった。


「わかった、待ってて。すぐ帰る。」彼は優しく答えた。


電話を切った途端、知弘は再び冷たい表情に戻った。


彼は杏子を睨みつけた。「大人しくしてろよ。この件は、あとで必ず決着をつける。」


そう言い残して、足早に車のほうへ向かった。


「もし今……私が引き止めたら」杏子は彼の背中に向かって言った。「あなたは残る?」


知弘の足が一瞬止まった。


彼は鼻で笑った。「自分が何様だと思ってる?」


杏子は静かに頷いた。「そう、わかった。」


見て、彼女が貴彦に少しでも近づけば、彼は怒り狂うくせに、仁香から一本の電話が来れば、すぐに自分を置いていく。


彼の中では、仁香が永遠に一番だ。


なんて皮肉なんだろう……


杏子は呆然と車が遠ざかるのを見送った。


「杏子、大丈夫?」未来が心配そうに近づいてきた。「あんな男のことで悩まないで。全然価値ないから!」


杏子は無理に微笑んだ。「大丈夫よ。むしろ……すごく穏やかな気持ち。」


そんな杏子の姿に、未来はますます心配になる。


「未来、やっとわかったの。」杏子の声はため息のように弱かった。「彼は最初から私のものじゃなかった。彼の心も、私のためにとどまったことは一度もなかった。もう期待するのはやめる。もう……彼を愛するのも。」


心が死んでこそ、解放されるのだ。


「見て、仁香から電話が来れば、すぐに私を置いていく。貴彦のそばから引き離したのは彼なのに……」


目に涙が溢れ、まばたき一つで静かに頬を伝った。


未来はため息をついた。「杏子には直樹がいる、それが無理なら昔の私みたいに、東京から遠く離れて逃げちゃえばいいのに……二度と戻らなくていい。」


「逃げなくていい。私は知弘から完全に離れる。」杏子の目はだんだんと強い輝きを取り戻していった。「もう彼を愛さない。ここで終わり。」


たとえ知弘が、あの時の少女が自分だと知っても、もう関係ない。


彼から受けた傷は、もう山のように積み重なっている!


この瞬間、杏子はかつてないほど冷静だった。


動き始めなければ!


…………


幸田家の別邸。


寝室のドアが開くと、仁香はすぐにベッドから飛び降り、知弘の胸に飛び込んだ。

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