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第十話 人の心は計り知れない


黒澤征は細めた目で、底知れぬ深みを湛えた視線を向けた。


「病院の手配は?」


田中聡がうなずく。「はい、進展があればすぐご報告します。」


「手術の予定はいつだ?」黒澤は、無意識に指先で滑らかな机の縁をなぞりながら尋ねた。


「明日の午前九時です。」田中聡は即答した。


黒澤の唇がわずかに吊り上がり、低く呟いた。


「残念だな。」


小野蘭子は救急治療室から運び出されたが、依然として生命兆候は脆弱なまま。すぐにICUへ移された。すでに面会時間は過ぎており、小野鈴は冷たいガラス越しに母の姿を見つめることしかできなかった。


十時間近くにも及ぶ不安と疲労で、彼女の体力はほとんど尽きかけていた。


だが、救命処置が終わっても、それは苦しみの始まりに過ぎなかった。さらに厳しい現実が待ち受けているのだった。


山本玲と佐藤奈々に両脇を支えられながら、小野鈴は主治医・山田の診察室へと入っていった。


山田は三人を見回し、最後に小野鈴に目を留める。「小野蘭子さんのご家族ですか?」


「はい……」小野鈴はかすかな震え声で答えた。


山田は重い表情のまま、すぐに本題に入った。「患者さんの状態は非常に厳しいです。覚悟しておいてください。」


小野鈴の足元から力が抜け、山本と佐藤が慌てて支えてくれなければ倒れていたかもしれない。


「診断結果は?」


小野鈴はなんとか冷静さを保とうとし、拳を固く握りしめた。


「腎機能障害です。」山田は遠慮なく告げた。さらに彼は小野鈴をじっと見つめた。


「患者さんは長い間、腎炎の薬を服用していました。ご家族としてご存知でしたか?」


小野鈴は息を呑み、呆然と目を見開いた。


その表情で、山田はすべてを悟った。


親が子どもに心配をかけまいと、病気や薬のことを隠すのは、彼が何度も目の当たりにしてきたことだった。

結局、誰にも頼らずに無理を重ね、本人が限界を迎えてしまう——。


そう、小野鈴は何も知らなかった。

母が腎炎だったことも、そのために薬を飲み続けていたことも。


足元から冷たいものが這い上がり、唇をきつく噛んで嗚咽を飲み込む。


「今……治療方法はありますか?」


「腎機能障害の治療は、透析か移植のどちらかです。」山田は簡潔に言った。「透析は費用が比較的安く済みますが、患者の負担は大きく、長期的には決して安くありません。」


「移植なら……」小野鈴は縋るように言った。「私が適合検査を受けます。もし合えば……」


「うちはきちんとした病院です。」山田は冷静な口調でさえぎった。「移植手術とその後の免疫抑制剤の治療費は、個人差はありますが、だいたいこのくらいです。」


彼は無言で指を三本立てた。

小野鈴の顔から血の気が引いた。三十万円ではなく、三百万円——。


「よく考えてください。ICUでできる限りのことはします。まずはこの数日の費用を支払ってください。」山田は一枚の支払い用紙を差し出し、ほとんど聞き取れないほど小さくため息をついた。


……


冷たい支払い窓口の電子パネルには数字が静かに表示されていた。


カードを通すと、三万五千円あまりの残高が一瞬で消えた。薄いカードと領収書の束を握りしめ、指が白くなる。


この数年でようやく少しずつ貯めたお金は、到底この大きな穴を埋めるには足りない。


三百万円——重い鎖が首に巻きついたようだった。


佐藤奈々と山本玲は、すぐに自分たちの貯金を出して少しでも助けようと言ってくれた。

小野鈴は喉が詰まり、すぐには返事ができなかった。


三人が静かに話し合っていると、高橋健太が慌てて駆けつけてきた。

青ざめた顔と腫れた目の小野鈴を見て、真っ先に声をかけた。「おばさんはどう?どの病室?様子を見に行くよ。」


「まだICU……」小野鈴はかすれた声で答え、山本玲と佐藤奈々に向き直った。「二人は先に帰って。健太が一緒にいてくれるから。」


山本と佐藤は目を合わせ、軽く高橋に挨拶して病院を後にした。


車は夕方の交通の波に紛れていった。


しばらく沈黙が続いた後、佐藤奈々が大きく息を吐き、口を開いた。「健太……おばさんのために力を貸してくれると思う?」


山本玲はハンドルを握ったまま、混み合う道路を静かに見つめていた。しばらくして、ぽつりと呟いた。


「人の心は、分からないものよ。」


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