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3 貴公子ルーファス、その隠された欲望!

 夕暮れ時、ルフォン宰相の私邸。


 宰相の次男ルーファスは、その童顔に、心の底から迷惑そうな表情を浮かべ、深くため息をついた。アレクサンドラ・ローゼンシュタイン公爵令嬢が、何年かぶりに突然訪ねてきたからだ。


「アレクサンドラさん、いきなり来られても困ります。兄も姉も、両親も留守にしてますので」


「まあ。冷たいのね、ルーファス。昔は、私のドレスの裾をつかんで、スリスリ頬ずりしながら『アレクお姉ちゃーん』だなんて、かわいく呼んでくれたじゃない?」


 アレクサンドラは大声でまくしたてながら、無理やり上がり込む。まさか公爵令嬢を門前払いするわけにもいかず、ルーファスは渋々、自室に招き入れた。


「それで、ご用件は何でしょうか? 僕も、論文の執筆で忙しいのですが」


 お茶を運んできたメイドが部屋から退出したのを見届けると、ルーファスは素っ気ない口調で、不機嫌に言い放った。アレクサンドラは、大げさに悲しげな表情を作ってみせる。


「あら、ずいぶんと、ひどい態度ね? エドマンドから聞いたわよ。十八歳になったんでしょ。誕生日パーティーにも呼んでくれないから、わざわざプレゼントを持ってきたの。ああ、でも仕方ないわよね。あなたは今、別の『お姉様』に、恋してるんだものね」


 ルーファスの顔色が、一瞬で青ざめた。


「……何のことですか?」


「とぼけないでちょうだい。義理とはいえ、姉のリサに欲情してるだなんて、本当に、最っ低のクズね」


「なっ……!」  


 アレクサンドラの暴言を浴びて、ルーファスはとっさに言い返すこともままならず、悔しそうに唇を噛む。 


「やっぱり、そうなのね。帝国魔術学校始まって以来の、天才児? 未来の、宰相閣下? 呆れたものだわ。その正体が、発情期の猿だったなんてね!」


「い、いい加減にして下さい。事実無根の中傷です!」


「あら、違うって言うの? あなたがリサにずーっと夢中なことは、把握済みなのよ。あの子の前では、従順な弟の仮面をかぶりながら、いやらしい目で見て。尊い大聖女様を、心の中で毎日汚してるんでしょう? 恥を知りなさい」


 ルーファスは頬を真っ赤に染めながら、動揺を見せた。


「ぼ、僕は……僕は、リサお姉様のことを決して、そんな風には……」


「嘘おっしゃい! だったら、なぜ顔が真っ赤なの? そんなあなたに、もっと残念なお知らせをしてあげる。セドリック皇太子もあなたと同じように、リサを愛してるのよ」


「えっ……?」


「ショックでしょう? 可憐で清純なリサお姉様は、いずれセドリックに奪われるわ。あなたがどれだけ恋い焦がれても、リサはもうすぐこの家を出ていって、宮廷へ入ることになる。あなたが彼女とひとつになれる日なんて、もう永遠に来ないのよ」


「そんな……リサお姉様が殿下と……嫌だ……嫌だ……!」


 ルーファスの瞳に、大粒の涙が溢れた。彼の華奢な体が、おびえたウサギのように震える。


「まあ、メソメソ泣いたりして、みっともないわね。まるで、女の子みたい。でも安心して、ルーファス」


 アレクサンドラは泣きじゃくるルーファスのそばへ近寄り、優しく語りかけた。


「あなたほどの人材が、もしも女の子だったら、リサみたいな大聖女になれたはずよね。私はあなたのこと、ちゃんと分かってるの」


「え……?」


 彼はその言葉に、ハッと顔を上げた。混乱した表情で、アレクサンドラを見つめる。


「誰からも愛される、優しくって、かわいらしい、大聖女・リサお姉様に憧れてるのよね。あなたの悪事は、全部知ってるのよ。リサの服や下着を、隠し持ってるらしいじゃない」


 アレクサンドラは、ルーファスの兄エドマンドから事前に引き出しておいた秘密を、サラリと口にする。


「どうしてそれを……」


「何に使ってるか、当てましょうか? そうねえ。あなたとリサって、ちょうど同じくらいの背格好よね。まさかあなた、鏡の前でリサに変装して、うっとりしてるんじゃないの?」


「な、なんでそんなことまで知ってるんですか!」


 弱々しく拳を振り上げながら、ルーファスは涙目で抗議した。五分五分と推理した予想が当たったことを確認できたアレクサンドラは、満足そうに笑みを浮かべる。


「やっぱり、そうなのね。大丈夫。あなたの秘密を受け入れてあげられるのは、この私だけよ。だって、私だけが、あなたの本当の願いを理解してるんだから」


 アレクサンドラは力をこめてルーファスの手首をつかみ、その固めた拳をゆっくりと下に降ろさせた。そして腰を落とすと、目線の高さをルーファスに合わせながら言った。


「ほら、プレゼントよ。開けてみて」


 アレクサンドラは持参してきたプレゼント箱を、顎で指し示した。ルーファスは言われるがままに箱を手に取り、リボンを解いて開けた。その中身は、リサが異世界から転移してきた時に着ていた、「学校の制服」にそっくりの衣装だった。


「こ、これって……」


「特別に仕立てさせたのよ。リサお姉様に、なりたいんでしょ? これを着て、私の前でリサになってみせなさい」


「でも、僕、別に女の子になりたかったわけじゃ……」


「あら、そうかしら? でも、興奮してるじゃない。私には、全て見えてるのよ? リサになりたいなら、自分で着なさい」


「分かりました……」


 彼女のしなやかな指先が、ルーファスにそっと触れた。彼の理性はあっという間に崩れ去り、アレクサンドラの悪魔的な手つきになすがままとなっていく。


 数十分後、鏡の前に立つルーファスは、アレクサンドラに髪を丁寧にブラッシングされ、しっかりとメイクを施されていた。彼は、夢にまで見た「学校の制服」を着て、リサそっくりな姿へと変身を遂げていた。


「ふふ、見違えたわ。まるで本物の、大聖女様降臨ね。おめでとう、ルーファス」


「僕は……僕は……」


「美しいわ。あなた、これまでのどんな姿よりも、今が一番輝いてる」


 アレクサンドラはルーファスの細い腰に手を回し、背後から彼の全身を持ち上げると、お姫様抱っこの体勢を取った。


「あなたは、リサには一生、指一本触れられない。でも、リサになって、この『お姉様』に、愛してもらうことはできるのよ?」


 制服を着たままのルーファスをベッドに運び、そっと寝かせると、アレクサンドラは彼を見下ろしながら語りかける。


「ほら、選びなさい。アレクサンドラお姉様の、お人形さんになりますって、言えるかしら? 嫌ならいいけど。言えたら、して欲しいこと、全部してあげる」


「ぼ、僕は、アレクサンドラお姉様の……」


 グイッ! 


 アレクサンドラは、馬にまたがって手綱を握るような体勢で、ルーファスの胸元を飾る制服のリボンを引っ張りながら警告した。


「おバカね、違うでしょ。『僕』じゃないでしょ? 『あたし』って言いなさいよ。かわいい妹になるって、誓いなさい!」


「あたし……アレクサンドラお姉様のお人形さんになります。か、か、かわ……」


 グイッ! グイイッ!


「あ、あたし、アレクサンドラお姉様の、かわいい妹になります。一生、なりますぅっ!」


「はい、よく言えました。これであなたは、私のかわいい妹よ。ちゃんと、アレクサンドラお姉様の言うこと聞いてね? 二度と、リサなんかによそ見しないこと」


 彼女は強い口調で、ルーファスの意識を上書きしていきながら、彼に顔を近づけていく。


「さあ、もっと愛らしい声で鳴いてごらんなさい、私のルーファスちゃん。あなたの中のリサを、私が徹底的に引き出してあげる」


 ルーファスは制服スカートの裾を両手でギュッと握りしめながら、甘くとろけていく。


 宰相邸の閑散とした夕闇の中へ、アレクサンドラの高圧的な笑い声と、ルーファスの歓喜の吐息が、吸い込まれるように消えていった。



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