「あの方では殿下をお支えする事などできないと思います!
あの方はいつも机に齧り付いてお勉強ばかり!
なのに試験の順位は十位以内に入るかどうか……!
殿下と寄り添おうともなさらず、殿下が会長を務めてる生徒会にも選ばれない体たらく……。
それに見た目だって貴族令嬢にあるまじき地味さじゃないですか!
茶色の髪と目だなんて、平凡でまるで平民みたい……。
お顔立ちだって際立って美しいわけでもなくって!
とてもじゃないですが、あの方が殿下の婚約者に相応しいとは思えません!」
鈴を転がすようなと言う表現がぴったりな甘い声でお話されてるのは、とある男爵家の私生児だと分かって最近平民から男爵令嬢になられたと言うレティシア様ですわ。
今日も男爵家の血縁だと分かるきっかけにもなった、フワフワとしたピンクブロンドと髪色より僅かに濃いローズピンクの瞳が、可愛らしいお顔にぴったりで、愛くるしい事この上ないですわね。
……小柄な体躯と相まって庇護欲を唆ると仰っていたのは、シリウス様の側近
しかも、レティシア様。元は平民とは言えとても優秀な方で、前回の試験でいきなり学年二位を獲られたとか。
ちなみに一位はもちろん、王太子であらせられるシリウス様でしたわ。
そして今、レティシア様とお話されてるのも……シリウス様ですわ。
あの煌めくプラチナブロンドと、すらりとした体躯も、実は鍛えてらしてしっかりと筋肉のついたお背中も……。例え後ろ姿だったとしても見間違えるはずございません。
華奢なように見えますが、わたくしが腕を回して寄りかかっても、僅かもブレないんですのよ? 安定感ばっちりですわ。
なんでそんな事を知っているのかって?
……だってわたくし、今お二人の話題に出てる『殿下に相応しくない婚約者』こと、公爵令嬢のミーシェリア・カークライトですもの。
ずっと殿下を見続けてきましたもの。
今更間違えませんわ。
だから……。
「ふぅん。ミーシェが僕に相応しくない……ねぇ。
それ、君だけの意見じゃなくて?」
「皆さんそう言ってますわ!」
レティシア様の言葉に気分が落ち込みますわ。
わたくしなりにシリウス様をお支えする為頑張ってきたつもりでしたが、まだまだだったようですわ。
そう言えば……。
先日ご友人だと思ってたご令嬢の方々が、影でわたくしは巷で流行っている小説の『悪役令嬢』のような立場だと仰ってて……。
わたくしの姿を見止めた後に何やら仰っていたようですが、親しいお付き合いをしている方々の率直なご意見がショック過ぎて、あまり聞いておりませんでしたわ。
……やはり、平凡なわたくしではシリウス様の隣は相応しくないのでしょうか……。
「へぇ。じゃあ僕の花嫁には誰が相応しいと言うんだい?
もしかして、市井で流行ってる小説みたいに、
シリウス様の柔らかな声が、普段人通りがないとは言え、しっかりと整備された学園の裏庭に響きます。
余談ですが、ここのような普段訪れる方のいない学園の裏庭でも、しっかりと手を入れてらっしゃる庭師の皆様には頭が下がりますわ。
やはり一流のお仕事をなさる方はどんな細部でも手を抜かないのですね。……わたくしも王族の婚約者として、未来の王太子妃、王妃として見習わないといけませんわね。
……もしかしたらそんな未来はやってこないかもしれませんが。
だってシリウス様が普段とは違う、甘さを含んだお声でレティシア様にお話されてますもの。
あのお声を聞けるのは婚約者であるわたくしだけの特権だと思っていたのですが、どうやら思い上がりだったようです。……羞恥で死んでしまいそうですわ。
これが巷で噂の恥ずか死ぬというものでしょうか。
「も、もし殿下からお望みいただけるのでしたら……わたしは……」
ぽっと頬を染めるレティシア様の愛くるしい事。
そしてわたくしは決定的な場面を見てしまうのです。
シリウス様のスラリとしたお指が……スラリとして見えますが、しっかりと剣の鍛錬を重ね、勉学に勤しまれた結果、中指に残るペンだことか節くれだっている関節とか、シリウス様の努力の痕跡をありありと残すお指が……。
……わたくしの頬を優しく撫でてくれるあのお指が……。わたくしをおかしくするあのお指が……。
レティシア様の柔らかなピンクブロンドの髪に伸ばされて……。
見ていられなくて、わたくしはお二人に背を向けます。
だけど耳を塞ぐ事も、立ち去る事もできないのは……何故でしょうか。
「殿下っ!!」
少しだけ驚いたようなレティシア様のお声が響きます。
「あぁ、失礼。髪に葉っぱが絡んでいたから取ろうとしたんだけど、どうやら君の髪まで引っ張ってしまったようだね」
「え、えぇ。すみません。ありがとうございます。
あ! そう言えばわたし料理が得意で、クッキーを作ってきたのです!
もし良ければ食べてください!」
なんと言う事でしょう!
レティシア様のお言葉に思わず振り向いて、お二人に向かって一歩踏み出してしまいます。
だって、シリウス様に、王族の方々に口にするようなものを差し上げるだなんて!?
不敬を通り越して、殿下のお命を狙う国家反逆罪と見做されても文句は言えませんわ。
だからわたくし、レティシア様をお止めしようと足を……一歩以上動かすことは叶いませんでしたわ。
「へぇ。ありがとう。君が作ってくれたのかい?
……今は無理だから後でいただくよ」
そう言ってレティシア様のクッキーを受け取るシリウス様を見てしまえばもう……。
そのままくるりと踵を返し、見つからないように、それでも最大限急いでその場を後にするしか、わたくしにはできませんでしたわ……。