「……はぇ?」
ぼんやりしているうちに靴が脱がされ、シル様の身体に伸し掛かられます。
天蓋の模様が見えなくなるほどに近づかれて、やっとわたくしの危機管理能力が動作し始めました。
ていうか、遅くありません? 我ながらぼんやりですわ。
「こらっ! 逃げるなっ!」
とっさに身を捻って、シル様のお身体の下から這い出しますが、シル様にがっちり腰の辺りを掴まれて引き戻されてしまいました。
それどころか、ゴソゴソされたかと思えば胸下で縛っていたビスチェの紐も解かれて、スカートごと剥ぎ取られて寝台の向こうにあっという間に消えていきましたわ。
「ひえぇぇ!」
ジタバタと抵抗を試みましたが、ブラウスも剥ぎ取られ、ついでに下着も奪い去られ、気づけば一糸纏わぬ姿でシル様を仰ぎ見ておりました。
「シ、シル様?! 何を……?!」
「そんな焦らなくても……いつもの事だろう?」
「いつもは着たままですわ!」
「……本当、君、アホの子だよね……」
……心外ですわ。それなりにお仕事できる方だと自負しておりましたのに。
「そうじゃなくてさ、裸に剥かれてるんだから、危機感持とう? そもそも正式に婚姻してないのに、服の上からとはいえ色々触られてる事に疑問をね?」
持った方がいいかもね? とのシル様のお言葉に思わず首を傾げます。
「だって、シル様ですし? シル様にしか触らせませんわ」
あんな事シル様以外とするなんて怖気が走りますわぁ……と思いつつ、いつものシル様との触れ合いを思い出して、思わず頬が熱くなります。
「うーん……まぁいいか。責任は取るし」
そう言ってシル様は一つ頷かれて……。
あっという間にわたくしを快楽の頂へと
て、シル様わたくし達まだ婚姻前ですわぁぁぁぁ!
目を覚ますと、そこは別世界……ではなさそうですが、別室でしたわ。
というか、この部屋記憶にございますわね。記憶どころか馴染み深い事この上ないお部屋ですわね。
わたくしの人生で、恐らく二番目に長く時を過ごしている、王城に賜ったわたくしのお部屋ですわ。
ちなみに一番目は公爵家のタウンハウスにある自室……のはずですわ。
……自分のお部屋とこちら、どっちが長く滞在しているかと考えた時アレ? っと思ってしまったのは気のせいだと思いたいですわぁ。
……そんな事より、湖畔の街の離宮で抱きつぶされた筈のわたくしが、いつの間にか王城に戻ってきている事の方が問題ですわ!
ちょっと気絶しただけのつもりでしたのに、一昼夜かかる王城に戻ってきているなんて……。
はっ! これはもしかして以前読んだ遠い国のお伽噺に出てきた転移魔法ですわね?!
って、そんなお馬鹿さんな……。
などと、悶々と考えていると、カチリと扉が開きましたわ。
この部屋の扉を誰何無しで開けられる人物は限られておりますので、驚く事無く視線を向ければ案の定。
「……シル様?」
「やぁ、やっと目を覚ましたね。
一ヶ月とは言え、慣れない市井の生活に知らず知らずのうちに疲労が溜まってたのかな?
移動中もうつらうつらとしていたからちょっと心配したよ」
……いえ、絶対わたくしを疲れさせたのはシル様ですわよね?
思わずじとりとした視線を送ってしまいます。
「ん?」
日の光に照らされて輝く碧色の瞳に見つめられ、胸がきゅんきゅんすると同時に、なんでも許してしまいそうになりますわぁ。
……絶対わかってやってますわね?
「ここは王城ですわよね? いつの間に……?」
「ん? ミーシェがイキ過ぎて気絶……「みゃー!!!!」……どうかした?」
「気絶の原因が何をおっしゃりますのぉ!!」
「ん? そうだね。原因……と言うかミーシェを抱きつぶしたのは僕だね。
何? 僕以外の人間に抱きつぶされたいの?」
「不穏ですわぁ! 勝手に妄想を暴走させて八つ当たりなさらないでくださいましっ!」
「あははー。ごめんごめん。
まぁ、ミーシェが寝ちゃった後、馬車でこちらに戻ってきたんだ。
何せ……一週間後には挙式だからね?」
「……まぁ?」
最後、何か不穏な一言があったよう……な?
「って、えぇ?! 一週間後に挙式?!
元々の予定では、学園卒業後半年後でしたわよね?! 何故半年も短縮されておりますの?!
というか、そもそも一週間後?! わたくしの記憶が正しければその日は学園の卒業式の翌日では?!
どういうことですのぉ?!」
「おっと、ほら……危ないよ?」
思わずと身を乗り出し過ぎて寝台から落ちかけましたわぁ。
というか、全身、特に腰の辺りを中心に違和感が凄いんですけども……これって、アレのせいですわよね?
むすりと口元を引き結んだ表情で、遺憾の意を表明しようと顔を上げますと、なんだかとても幸せそうに微笑むシル様のお顔が目に入って……なんだか毒気を抜かれてしまいましたわ。
そのまま流れるように寝台に腰を下ろしたシル様のお膝の上に座らされました。
包み込まれるように腕を回され、シル様のお胸に頭を預けると、なんだか帰ってきたんだなという安心感に包まれて、ほっとします。
「……まったく……挙式の前倒しなんて、いつから計画しておりましたの?」
「ん? 最初から?」
「……最初?」
シル様のお言葉に、思わず顔を上げます。
「うん。最初から。学園卒業と同時に成人と見做されるんだから、翌日挙式してもいいだろう?
半年も待つなんて耐えられないよ。意味わかんない。
それに、学園の卒業式で子息令嬢のいる地方貴族達も王都に出てくるんだしちょうどいいだろう?」
遠方の貴族達は何度も王都に足を運ぶのも大変だしねと嘯くシル様ですが、子息令嬢のいない遠方貴族は結局足を運びますし、そう言ったイベントごとを期間を空けて行うことによる経済効果もバカにならないのでは? と頭を抱えていそうなお父様(この国の宰相をしてますの!)のお顔が脳裏に浮かびます。
まぁ、でも……。
「……そんなにわたくしを妃に迎えたかったのですか?」
少しくらい自惚れてもいいのかしら?
「当たり前だろう? 初めて婚約者候補だと紹介されたあの日から、僕には君しか見えていないよ」
朝の光に照らされて、キラキラとシル様の碧の瞳が輝きます。
「愛しているんだ。ミーシェ。だからもう僕から逃げないで……」
きゅうと腰に回った手に力が籠められて。
それが逃がさないと、離さないというシル様の御意思をありありと感じられて、なんだかとても……。
「わたくしも、シル様を愛しておりますわ」
脱いだら凄い筋肉が隠されているシル様の胸元に顔を埋め、わたくしも全力でシル様に抱きつきます。
あぁ、なんだかとても……幸せですわぁ!
「……ところでね? 公爵が君を返せって城に押しかけてきてるんだけど、もう公爵家に帰らなくてもいいよね?」
一週間後には君の家はココになるし? と嘯くシル様。
その後、わたくしを連れ帰りたいお父様と、返したくないシル様、お父様にお仕事ボイコットという最強(最悪?)の切り札を持ち出された陛下との三つ巴になった事は、言うまでもなく……。
結局勝敗は、わたくしの一ヶ月にわたる失踪によって準備に遅れが出ていた王城の担当者に泣かれたのもあって、わたくしはその日から王城に居を移すことになりましたわ。
それから、王位を無事わたくし達の息子に